東電原発事故 「無罪」でも責任は免れぬ

西日本新聞 オピニオン面

 「あの日」から8年半を経た今も苦しむ多くの被災者にすれば、納得しがたい判決だろう。

 東京電力福島第1原発事故を巡り初めて刑事責任が問われた裁判で、東京地裁は勝俣恒久元会長ら旧経営陣の3被告に無罪を言い渡した。

 最大の争点だった大津波の予見可能性については否定した。対策を講じなかったとして業務上過失致死傷罪で強制起訴された被告側の無罪主張をほぼ認めたと言える。さらに判決は、大津波発生などあらゆる可能性を想定して対策を義務付ければ、原発の運転は「およそ不可能になる」とまで述べた。

 被告個人の責任について厳格な立証を求める刑事裁判ならではの結論かもしれない。ただ、原発事故という被害甚大な事故で経営陣が誰一人、責任を問われずに済むのか。事故の責任論自体が曖昧になりはしないか。事故の再発防止策と責任の明確化は表裏一体のはずである。

 この事故を巡る民事訴訟では正反対の判断も示されている。被災者らが国と東電に損害賠償を求めた訴訟で、複数の裁判所が大津波の予見性を認めた上で対策を講じなかったとして、原告勝訴の判決を出した。

 その大きな根拠は、阪神大震災の教訓から国が設置した地震調査研究推進本部による予測である。福島沖での巨大な津波地震については「30年以内に20%」という高い確率で発生する-と発表した。この予測について民事の判決は「正当な見解」だと認め、「科学者の間でも異論がある」などとする被告側の主張を一蹴していた。

 今回の公判では、予測を基に2008年、最大15・7メートルの津波が襲う可能性を、東電に子会社が報告したとされた。

 そもそも東北では津波を伴う地震が貞観地震(869年)以降少なくとも十数回発生しており、記録も多く残る。原発立地の段階でも適否を巡り、最大限に考慮されるべき事項だったはずだ。経営陣が「知らなかった」では済まされまい。

 今回、刑事責任を免れたからといって、東電の組織としての「不作為」は免責されない。原発の「安全神話」が根底から問われていることも変わらない。

 企業・団体の刑事責任を巡っては、尼崎JR脱線事故の歴代経営者が無罪となったことなどから、重大事故を起こした組織を罰する制度の導入を求める動きもある。再発防止に有効か、議論を深めたい。

 東日本大震災をはじめ、大災害が毎年のように起きる時代を迎えた。科学的知見を軽視して警戒を怠り、人命を奪うようなことがあってはならない-その教訓を重くかみしめるべきだ。

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