平野啓一郎 「本心」 連載第14回 第二章 告白

西日本新聞 文化面

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画・菅実花

 こういう時には、後悔を残さないために、万が一のためのことはすべてすべきだった。

 僕は、母を招き入れるために呼びかけた。けれどもドアは、僕の期待に困惑したように、いつまでもただ、じっとしているだけだった。
 
       ◇
 
 羽田(はねだ)から小樽へと向かう飛行機の中で、僕は、今日の仕事の確認をした。

 所謂(いわゆる)“リアル・アバター”として働くようになってから、もう五年、――いや、六年近くが経(た)っている。アバターではなく、“分身さん”と呼ばれることもある。

 個人事業主としての契約で、その間、登録会社は二度変わったが、僕はこの世界では、例外的な古株だった。

 今でも人間が求められ、且(か)つ、特別な技能を必要としない職業の中では、最低限よりも、大分マシな報酬の部類だと思う。世間的には蔑(さげす)まれてもいるが、依頼者からは感謝されることが多い。

 それでも多くがすぐに辞めてしまうのは、肉体的にも、精神的にも、保(も)たないからだ。

 母は、この仕事を好まなかったが、僕がどうにか続けてこられたのは、母の存在があればこそだった。

 母が僕に、唐突に、安楽死の希望を伝え、その理由に挙げたのも、間接的には、この仕事だったが。……
 
 依頼者は、八十六歳の男性で、手配したのはその息子夫婦だった。“最後の親孝行”にと、要望書の中で説明していたが、実際に面会した折に、その言葉を文字通りに受け止めるべきであることを察した。「よろしくお願いします。」と、丁寧に頭を下げられたが、僕に本当に任せられるのかを素早く判断しようとする目だった。

 病床に座って僕を出迎えた「若松(わかまつ)さん」という老人は、顴骨(かんこつ)ばかりがふっくらと目立つほどに痩せていたが、目の底にはまだ力があり、意思は明瞭だった。ただ、僕の仕事については、今ひとつ吞(の)み込めていないようだったので、
「簡単に言えば、この体を丸ごとお貸しする仕事です。ご自分の体のように、僕の目を通じて見て、僕の耳で聞いて、僕の足で歩いていただきます。」と説明した。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化され、11月1日に公開予定。

マチネの終わりにの公式サイト

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