流、ライバルの無念胸に 同じ福岡出身 同学年選手落選 初舞台、開幕勝利に貢献

西日本新聞 社会面 大窪 正一

 ラグビー日本代表が自国開催開幕戦の重圧をはね返し、ロシアを振り切った。2015年ワールドカップ(W杯)イングランド大会で優勝候補の南アフリカを破り、世界を驚かせた「ブライトンの奇跡」から4年。8強への挑戦が幕を開けた。立役者は「9」を背負って初めてW杯に出場した熊本・荒尾高(現岱志高)出身のSH流大(ながれゆたか)選手(サントリー)だ。「最高の雰囲気、最高の応援で後押ししてもらった」。試合の流れを読みながら、早い球さばきで勝利を演出した。

 「日本代表になる」。高校入学直後、福岡県久留米市の実家寝室の天井に張り紙をした。常に目標を意識して自分を奮い立たせるためだ。朝5時すぎに起き、電車で約2時間かかる高校へ。全体の朝練習前にも個人練習を自らに課した。

 久留米市のりんどうヤングラガーズで競技を始めて以降、福岡県内の同学年にライバルがいた。今大会の日本代表の最終選考で落選した布巻峻介選手(パナソニック)。当時、東福岡高のスター選手だ。「昔から(布巻)峻は断トツ。小学生時代は、かしいヤングラガーズというライバルチーム、中学、高校、大学、社会人と常に敵チームで輝いていて、刺激になった」

 日本代表でも布巻選手が16年11月のジョージア戦で初出場。流選手は17年4月の韓国戦で初キャップをつかんだ。トップリーグでも競い合い、切磋琢磨(せっさたくま)。18年1月の日本選手権決勝では、サントリーが12-8でパナソニックに勝った。当時、25歳の若き主将としてお互いのチームをけん引。ともにW杯日本大会に向けた日本代表候補に選ばれた。

 「同じチームは九州の高校選抜以来。W杯で一緒に戦いたい」。地獄と形容された強化合宿を乗り越えるモチベーションにもなった。ただ、布巻選手のポジションはリーチ主将(東芝)ら屈強な外国出身選手がそろうフランカー。W杯前哨戦のパシフィック・ネーションズカップ(PNC)では全試合でメンバー入りを逃した。

 そんな苦しい状況でも布巻選手はPNCで給水係を志願。試合の合間に水を届けながら、戦況の的確な情報を仲間に伝えるライバルの姿に、流選手は胸を熱くした。8月下旬、北海道・網走合宿中に日本代表の当落が伝えられた後に交わした固い握手。「とにかく頑張って。けがなくやってほしい」。布巻選手の言葉をかみしめた。

 日本代表31人のうち、流選手の学年はWTB福岡選手ら5人もいる「黄金世代」だ。「(布巻)峻の努力をずっと見てきた。あいつの分も自分がやる」。決意を胸に躍動した、流選手の晴れ舞台だった。 (大窪正一)

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