「農業は福祉」その心は 岩尾 款

西日本新聞 オピニオン面 岩尾 款

 大分県の国東半島は標高720メートルの両子山(ふたごさん)から放射状に幾筋もの谷が刻まれ、平野部は限られている。過疎化・高齢化が深刻な地域だ。その山間部で、勤めに出る傍ら米を作る農家(58)を訪ねた。

 集落の水田30ヘクタールのうち、今も作付けしているのは約半分という。共同で農作業するための集落営農組織もあるが、メンバーは高齢化していて「もう限界よ」。彼は耕作放棄を避けるため、近隣の作付けも引き受ける。「土地はすぐに荒れ、先祖伝来の地域が保てなくなるから」という。

 日本は国土の約7割が森林だ。一方、米国やオーストラリアなどの農業大国は大規模農業の強みを生かして穀物や肉の輸出を進める。狭隘(きょうあい)な国東のような中山間地域の農業の競争力は、そうした国々と比べるべくもない。

 それでも時代は「強い農業」を求める。環太平洋連携協定(TPP)など自由貿易の加速を背景に、政府は農業改革を志向する。中心にいた元農林水産省事務次官は著書で「農業が産業として自立し…地域経済の向上に貢献することを目指す」と語る。

 既に、力強い農家はいる。土作りにこだわり、福岡市近郊で滋味あふれる野菜を作ってJR博多駅ビルのレストランに直接納めたり、トマトの水耕栽培を軌道に乗せ、会社員のように“定時”で帰ったり。そんな姿は頼もしく見える。

 かつて、農業の意義について農家の人たちと話したことがある。われわれは、命をつなぐ食べ物を作っている。経済原理だけで考えるべきではない、と力説された。

 中山間地の農業には、田畑の保水力による洪水防止や国土保全などの役割もある。里山が生態系を維持し、日本の原風景ともいえる農村が地域の伝統文化を育み、引き継いできた。

 ある農家は訴えた。「農業は福祉です」と。

 こうした社会貢献を福祉的サービスと捉え、保護すべき存在とみることもできる。国が「中山間地域等直接支払制度」を設け、例えば急傾斜の水田には10アール当たり年間最大2万1千円を支払う意義は、そこにある。

 革新的な農家や一般家庭を思うと「農業=福祉」と言い切ってしまうのには抵抗もある。経営力を磨くのに必要な努力や工夫を脇に置いてしまいそうな気がするからだ。

 国東の稲穂に思いを致し「福祉論」の意味を考える。

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 ▼いわお・まこと 1998年入社。鹿児島総局、地域報道部、日田支局、編集センター、大分総局などを経て政経部。農林水産担当の編集委員。

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