長崎市の認定こども園にプロペラ機なぜ? 世界に数機「幻の機体」ダブ

西日本新聞 長崎・佐世保版 坪井 映里香 華山 哲幸

 長崎市から国道206号を北上すると、大きなプロペラ機が目に飛び込んでくる。認定こども園「中央こども園」(長崎市琴海戸根町)の敷地内。なぜこんな場所に飛行機が? 歴史をひもとくと、戦後の国内ローカル線の草創期を支えた旅客機で、世界に数機しか残っていない「幻の機体」だった。引退後は複数の所有者の元を渡って、ここにたどり着いていた。

 英国にあった航空機メーカー・デハビランド社の双発プロペラ機「DH-104 Dove」。両翼約18メートル、全長12・5メートル、高さ4メートル。通称は「ダブ」。英語でハトを意味する。いまどきのシャープな形ではなく、丸っこさが愛らしい。

 500機超が生産、国内には1950年代に9機が輸入された。60年代後半まで全国各地で本土と離島を結ぶ航路や遊覧飛行で活躍した。

 長崎の機体もその一つ。関東の航空会社が運航し、長崎航空(2001年、オリエンタルエアブリッジに社名変更)が62年に購入。旧大村空港(現在の海上自衛隊大村航空基地)と福江空港(五島市)を結ぶ県内初の離島定期航路などを担った。ただ、最大11人という客席数の少なさから、より大きな機体に取って代わられた。

 引退後の68年、旧長崎水族館に“再就職”。多くの人に親しまれたといい、当時職員だった楠田幸雄さん(66)=現在の長崎ペンギン水族館館長=は「ペンギンにも劣らない人気だった」と振り返る。

 旧水族館は経営難で98年に閉館。2001年に長崎ペンギン水族館として再スタートを切ったが、機体は“お役御免”に。長崎市で農業をしていた飛行機好きの西浦源蔵さん(故人)が買い取り、大村湾に面した自宅敷地に約20年間飾っていた。近隣では「謎のモニュメント」として知られた存在だったという。西浦さんが死去後は息子が管理していた。

 今年3月、こども園の改装をきっかけに、理事長の渡辺力さん(63)が「園の目玉にしたい。譲ってほしい」と持ち掛け、園に移送。一部が破損しているものの、塗装することで往時の輝きを取り戻した。今後は内装も整え、子どもたちが機上体験をできるようにしたいという。渡辺さんは「離島の多い長崎を支えた機体であることを、子どもたちに知ってほしい」と語る。

 長い旅をした「ダブ」は今、外の世界に羽ばたく子どもたちを地上で見守る。(華山哲幸)

 

オリエンタルエア、今も離島航路支え

 「ダブ」を運航したオリエンタルエアブリッジ(ORC)は現在も、1975年にできた世界初の海上空港・長崎空港と、壱岐や対馬など離島を結ぶ。機体の故障で欠航が多いのが難点だが、離島には欠かせない生活の足。座席には客室乗務員(CA)手作りの観光案内マップも置かれ、「おもてなし感」が満載だ。

 各地の空港では空に親しみを感じてもらおうと例年、空の日(9月20日)にちなんだ「空の日フェスタ」が開かれており、長崎では7日に開催。同社は3年前から遊覧飛行を行っており、今年も実施。日頃は離島を行き来するボンバルディアDHC8-201型機に15組30人の親子を乗せ、長崎市方面へ飛行。乗客たちは長崎半島西側にある端島(軍艦島)などにくぎ付けになった。

 ORCはほかにも地元の企業と連携し、就航地五島の特産品、かんころもちをせんべいにした菓子を期間限定で機内で配布。宿泊と往復航空券、現地体験クーポンがついたパック商品を販売するなど、観光客を離島へ呼び込む取り組みを続けている。(坪井映里香)

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