【新幹線は起爆剤か】 藻谷 浩介さん 

西日本新聞 オピニオン面

◆危うい思い込み皮算用

 7月末の当欄に「韓国人観光客が減って九州の誰が得をするのだろう」と書いた。その後の事態は、九州の多くの集客交流関係企業が、大きな売り上げ減少を被るところまで悪化している。

 だが「かかる金銭的損害をもたらした責任を、官邸関係者も、経済を犠牲に個人的なストレス解消に走った嫌韓の人たちも、決して取りはしない」のは、前回書いた通りだ。国会が開会すれば野党の一部は追及するだろうが、ネット上では「韓国と仲良くしようとするとは反日だ」と罵声を浴びせられるだろう。彼らには、資源のない日本が友好国から稼いでいることの自覚も感謝もないのだ。

 彼らに限らない。後々振り返って損な選択をする人は、大抵の場合、思い込みに流されて利害得失が判断できなくなっているのである。自分だけの思い込みなら、ふと我に返って脱することもあるが、仲間内全員で思い込んでいる場合は難しい。思い込みを共有する集団は、判断も全体で間違ってしまう。

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 典型が、5月初めの当欄に書いた「平成の30年間に、日本の国際競争力は伸びたのか、衰えたのか」という話題だ。平成年間に日本の輸出は倍増し、経常利益も倍増してドイツに次ぐ世界2位になったのだが、まるで反対の「世界に置き去りにされた日本」という「思い込み」が上下左右に充満している。日本の教育は「自分で元データを確かめる」作業をさせず、教科書や先生の言うことを暗記すれば東大でも卒業できてしまうので、「エリート」の中にも「国民的思い込み」に歯止めをかける者がいない。

 「県民的思い込み」も心配だ。「フル規格新幹線こそ県勢発展の起爆剤」と唱える長崎県(の南半分)の皆さんは、鹿児島の数字を確認してほしい。九州新幹線鹿児島ルート全線開通半年前の2010年10月と、5年後の15年10月の国勢調査を比べると、九州7県の県都では長崎市のほか鹿児島市の人口減少が目立った。新幹線と無関係の宮崎市や大分市も、この間の人口は微増だったのに、である。

 10年の10~59歳と15年の15~64歳を比べると、その5年間の現役世代の転出入状況が分かるが、鹿児島市は7700人の減少(年齢未回答を補正した数字)で、原発被災自治体を除けば、全国の市で最も減少幅が大きかった。

 主因は新幹線開通に伴う企業の鹿児島支店や営業所の規模縮小(場合により撤退)だ。過去に同じことが起きた新潟や長野、青森などの数字を確認していれば十分予想できたのだが、「新幹線イコール発展」と思い込んでいると目が向かない。そして、開通後に集団的な思い込みがふっと消えると、全員が開通前の皮算用を忘れてしまうのだ。

 観光客数はどうか。客単価の低い日帰り客は無視し、延べ宿泊者数を比較するのが世界の観光業界の常識だが、観光庁の統計を確認すると、11~15年に九州で日本人の延べ宿泊者数が最も伸びたのは宮崎県、次いで長崎県であり、鹿児島県や熊本県はその後塵(こうじん)を拝する。早く行けるようになると宿泊の必要がなくなり、単価の低い日帰り客ばかりが増えるのだ。これまた業界の常識である。

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 すでに地銀グループの本社機能を失っている長崎県が、さらに福岡市の経済圏に取り込まれていくのを見るのは忍びない。ちゃんぽんを食べ、夜景を見た後に余裕をもって博多のホテルに戻る日帰り観光客が増えることも、長崎ファンの筆者としては我慢がならない。県勢発展を期待するのであれば、鹿児島で起きたことが起きないように、県当局には万全にも万全の手配をしてもらいたい。

 【略歴】1964年、山口県徳山市(現周南市)生まれ。88年東京大法学部卒、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。米コロンビア大経営大学院で経営学修士(MBA)取得。2012年1月から現職。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」など。

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