韓国で働き方改革、急ピッチ 働き盛りの雇用増えず…「善意のパラドックス」皮肉も

西日本新聞 国際面 池田 郷

■「週52時間労働」導入1年

 韓国では「働き方改革」が急ピッチで進んでいる。昨年7月、従業員300人以上の企業と公共機関を対象に、労働時間の上限を週68時間から週52時間へ短縮する改正勤労基準法が施行。終業後に習い事をしたり、映画を見たりして過ごす「夕方のある暮らし」が定着しつつある。職場に縛られない生き方を望む底流には、文在寅(ムン・ジェイン)政権のリベラルな政策に共鳴する30~40代や、若い女性の意識変化もあるようだ。ただ、政権が目指す新たな雇用創出などの目標達成は道半ばにある。 (ソウル池田郷)

 ▼男の料理教室

 ソウル中心部にある大手企業の本社オフィス。午後5時20分、人事課の辛原茂(シン・ウォンム)課長(38)のパソコンに突然、終業10分前を知らせる画面が現れた。「もうこんな時間か」。5時半をすぎると自動ロックがかかり、パソコンで仕事ができなくなる仕組み。同僚たちも帰り支度を始めた。

 残業する場合は事前に上司に届ける必要がある。法改正に伴い1日8時間、週40時間勤務が基本となり、週12時間超の残業は原則的にできない。違反すると、事業主に2年以下の懲役か2千万ウォン(約180万円)以下の罰金が科される。

 韓国には日本以上に猛烈に働く企業文化があった。韓国の2017年の年間労働時間は2024時間で、経済協力開発機構(OECD)加盟国でメキシコに次ぐ2位。日本の1710時間を大きく上回っていた。

 辛課長も昨夏まで土日のどちらか出勤することが多く、毎月80~90時間は残業していた。繁忙期は深夜に帰宅し、子どもの寝顔しか見られない日も多かった。

 いまでは終業後、妻子との散歩が習慣になった。残業手当は減ったが、会社が減額分を穴埋めしているので月収は変わらない。オフィスビルの地下などには、夕方に活動する会社員らの新たな需要を踏まえ、ジムやヨガ教室が次々と開業。韓国メディアによると、料理教室に通う20~30代の男性も急増している。

 ▼不公平な社会

 家庭を犠牲にした深夜労働、パワハラ体質の上司、女性への露骨な差別…。14年に韓国でヒットしたドラマ「未生(ミセン)」は、総合商社の社員群像をリアルに描き、日本でも話題になった。

 世論調査会社などによると、働き方改革を進める文政権を支持する中核層は、旧態依然とした企業文化に不満を抱く30~40代や、20代の女性とされる。1997年の国際通貨基金(IMF)危機後、格差が広がる社会に身を置き、現在は不動産価格や子どもの教育費の高騰に直面。不公平な社会の現状に不満が強い。

 ソウルの女性会社員(28)は「私たち世代は、厳しい受験競争の中で育ってきた。仕事がハードなのは我慢できても、働き方の価値観の合わない上司とは働けない」と話す。

 韓国で2016年にベストセラーになった小説「82年生まれ、キム・ジヨン」が描いたのは、女性が経験する差別や苦しみ。この世代の女性たちは、部下を半強制的に飲みに誘うなど家父長的な意識を引きずる上司への反発が強い。1987年の民主化以降、リベラルな意識や女性の権利への関心の高まりもあり「会社や上司に忠誠を尽くす雰囲気は薄れている」(30代会社員)という。

 ▼皮肉な悪循環

 文政権が働き方改革に乗り出した最大の狙いは、1人当たりの労働時間を減らしつつ、働き盛りの雇用を創出することだった。しかし、成果は芳しくない。

 韓国統計庁が11日発表した8月の就業者数は2735万8千人だったが、前年同月比で増加した45万2千人のうち39万1千人は60歳以上で、30~40代は13万6千人減った。一方、月収は正規雇用で37万3千ウォン減り、非正規雇用は40万3千ウォン減との推計もある。所得の低い人たちを中心に、労働時間の短縮に伴う所得減を嘆く声が目立つ。

 文政権が掲げる経済施策のもう一つの柱だった最低賃金の引き上げも、曲がり角を迎えている。文大統領の就任後、最低賃金は約30%引き上げられ、時給8350ウォン。だが、上昇した人件費を抑えるため、企業が採用数を絞る悪循環を招いた。7月に文氏は、2022年までの任期中に時給を1万ウォンに上げる公約を事実上撤回し、国民に陳謝した。

 文政権は来年1月、従業員50~299人の企業にも週52時間労働制を適用予定。中小企業の新たな負担は2兆9千億ウォンに上るとされ、経営側には延期を求める声が強い。企業の懸念を踏まえ、洪楠基(ホン・ナムギ)経済副首相兼企画財政相は12日、「補完策を講じる」と、政策を再点検する考えを示した。

 ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の両立)実現と雇用の創出、所得の向上-。労働組合など革新系支持層を意識した文政権の目玉施策がもくろみ通りに進まない現状について、保守系紙は「善意のパラドックス(逆説)」と皮肉る。

■接待はランチで 「飲み会文化」一変

 韓国では働き方改革と並行して、職場の飲み会や接待の文化も変わってきているという。

 「軍隊のような組織文化で、上司の言うことは絶対的。飲み会は2次会まで強制参加で、下戸でも飲まされた」。ソウルの韓国企業に勤める鹿児島県出身の男性(44)は、11年前に日本から転職した当初の思い出を振り返る。

 勤務先では現在、総務部門が同僚との会食ルールを定めた「119指針」の順守を呼び掛ける。指針では、会食は1次会で終え、飲む酒は1種類、午後9時までにお開きにすること-を求めている。パワハラやセクハラを防ぎ、翌日の仕事の生産性を維持するのが目的。社員同士の会食代を補助する企業もあるが、男性の会社は午後9時以降に会計した領収書は経費と認めない徹底ぶりだ。

 取引先への接待も減少傾向という。2016年、公務員や私立学校教員などへの接待を厳しく取り締まる法律が施行。1人3万ウォン(約2700円)を超す会食などは取り締まりの対象だ。

 伝統的な韓定食の夜コースは、酒代も加えると1人5万ウォンを超す。官庁や企業が集まるソウル中心部でレストランを経営する李東燮(イ・ドンソプ)さん(50)によると「接待の規制強化や働く女性が増えたこともあり、夜の接待を昼の会食に切り替える傾向が強まった」。

 李さんの店は、牛カルビの煮込みなどの韓国料理を洋風の器で提供するなど、新たな客層を狙ったメニューを開発。ランチとしては高めの2万9800ウォンのセットが人気だ。ただ、昼接待も完全な「脱アルコール」というわけでもなく、こだわりのランチとマッコリを2万ウォン台で楽しめる店も繁盛している。

 接待の規制強化のきっかけは、度重なる検察の腐敗疑惑だった。文在寅大統領が、身内に不正疑惑があるチョ国(グク)氏の法相起用を強行したのも、検察組織への国民の根深い不信感が背景にある。

 法律名は「不正請託および金品など授受禁止に関する法律」。通称「金英蘭(キム・ヨンラン)法」は、法制化を提唱した元国民権益委員長の氏名に由来する。当時は経済への打撃を懸念する声が高まり、韓国経済研究院も国内で年間11兆6000億ウォンの損失が生じると試算した。

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