平野啓一郎 「本心」 連載第17回 第二章 告白

西日本新聞 文化面

 僕は、はりきっていた。初めての場所だったので、十分に下調べをして、プランを立てた。せっかくなら、母をアバターとしてではなく、手を引いて連れて行ってやりたい気持ちにもなったが、嬉(うれ)しいけど、それだと意味がないと笑われた。

  アバターになっている間は、話し相手になってほしい人もいれば、完全に自分の肉体であるかのように、ただ指示だけを出し、返事をされることさえ嫌がる人もいる。

 母も最初は、僕と同化して遠隔操作することを試みていたが、熱海(あたみ)で新幹線から特急に乗り換える時に、僕に注意を促した辺りから我慢できなくなったらしく、いつもの口調になった。しかし、いかにも言葉少なだった。

 車窓から眺めた伊豆半島の景色は、今ではもう、何度も遊んで印刷が擦れ、順番がバラバラになってしまったカードのようになっている。

 椰子(やし)の木が並び、海が見え、民家が視界を遮り、伊豆高原近くになると、深い緑の木々に覆われた。しかし、その通りに見たのではないだろう。

 近くに人が座っていたので、声を出して母と会話することは憚(はばか)られた。母もそれを承知していたが、晩春の光を浴びた海が煌(きら)めく先に、大島(おおしま)が見えた時には、思わず嘆声を漏らして、「ほら、見える?」と語りかけた。

 東京から、二時間近くかけて運ばれた母の沈黙が、今では僕の記憶に重たい荷物のような感触を残している。

 距離に換算される沈黙という考え方は、きっと正しいのだと思う。なぜなら、その一五六・八キロの間に、母のそれは、ゆっくりと変質していたであろうから。そして、母がその間、何を思っていたのかという僕の想像は、どれほど繰り返されようと、いかなる一瞬にも辿(たど)り着けないのだった。

  河津駅に着くと、バスで水垂(みずだれ)という停留所まで行き、そこからゆっくり山を下りつつ七つの滝を見ていった。1キロ半ほどの道のりだったが、途中で座って眺めたりと、一時間ほどかけたと思う。

 木製の階段や橋が設置されていて、案内も親切だった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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