政権交代10年 「教訓」は引き継がれたか

西日本新聞 オピニオン面

 旧民主党が衆院選で圧勝し、政権交代で鳩山由紀夫内閣が発足して今月で10年が経過した。

 1993年に誕生した非自民連立の細川護熙政権のように、衆院選の結果を受けて与野党が入れ替わることはあったが、総選挙の直接的な民意で実現した戦後初の本格的な政権交代だった。その意味では歴史的と言ってもいいだろう。

 国民の圧倒的な支持を受けて船出したのに、いざ政権の座に就いてみると、未熟さをさらけ出した。内部対立を繰り返した揚げ句、3年余で事実上自壊したのは周知の通りである。

 マニフェスト(政権公約)や政治主導という言葉が流行語になり、予算の無駄を洗い出す事業仕分けが脚光を浴びた。

 だが、期待が失望に転化するのも早かった。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で鳩山首相の発言は二転三転し、官僚組織を制御できずに公約違反も頻発した。最終的にはマニフェストになかった消費税増税を巡って党は分裂し、2012年衆院選で下野した。

 確かに「失敗した政権交代」という印象が強い。民進党や希望の党を経て、立憲民主党や国民民主党に至るまで国民の信頼を取り戻せず、安倍晋三首相の長期政権を許している。

 民主党政権の挫折は結果的に「1強多弱」の淵源(えんげん)になったとさえ言えるだろう。

 とはいえ、安倍首相のように「悪夢」と言い切るのも乱暴に過ぎる。例えば、核持ち込みを巡る日米密約の検証は政権交代の妙味を実感させた。

 子ども手当や高校教育の無償化は、今の安倍政権が掲げる「全世代型社会保障」に通じる政策ではなかったか。

 現在の野党勢力も下野した当時の自民、公明両党に学ぶべきことがある。たとえ政権を失っても、国会論戦や選挙協力で連立時代の絆を保ち、地方組織も含め政権復帰の地固めをしたことだ。政権から転落するや、離党する議員が相次ぎ、党も支持組織も割れた旧民主勢力との落差は誰の目にも明らかだろう。

 野党の多党化と政権の固定化で「二大政党による政権交代のある政治」は事実上、有名無実化しようとしている。もし、この影響で国会の緊張感や政治のダイナミズムが失われているとすれば、やはり問題だ。

 折しも立憲民主党と国民民主党など旧民進党系の3党派が国会の共同会派結成で合意した。巨大与党に対抗するには野党がばらばらのままでいいわけがない。かといって、単なる数合わせの「復縁」では広範な国民の理解と信頼は得られまい。「苦い教訓」は引き継がれているか-が問われている。

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