「障害」を全て包み込む社会に 医ケア児の母 野田聖子さん講演

西日本新聞 くらし面 三宅 大介

講演する野田聖子さん=8日、福岡市東区の九州産業大 拡大

講演する野田聖子さん=8日、福岡市東区の九州産業大

 人工呼吸器や胃ろうなど、医療的ケア(医ケア)が必要な8歳の息子がいる衆院議員の野田聖子さん(59)が、福岡市東区の九州産業大で講演した。国政に携わりながら、重複障害児の母となり、ただ息をすることさえ一生懸命なわが子を育てるなかで、野田さんに見えてきたのは、制度のはざまでなかなか支援を得られない、同じような境遇の子どもや家族たち。「こうした当事者を包含し、日々幸せを感じてもらえる社会に変えていくことが、国の責務であり、地方の責任」。力強い言葉が、頼もしく響いた。

 ●軽度ほど命取りに

 野田さんは北九州市出身。この日は、主に学校現場での医ケア児や家族の支援の在り方について研修を続ける「福岡の医療と教育を考える会」の発足10周年記念の会合に講師として呼ばれ、約150人が参加した。

 50歳のときに授かった息子の真輝(まさき)君は、低酸素などの影響で右半身のまひや知的障害がある。新生児集中治療室(NICU)で過ごし2歳3カ月まで入院、十数回の手術を受けた。喉の管から呼吸し、食事は胃ろう。今も夜間は呼吸器をつけているものの「調理師の夫が考えたミキサー食のおかげか、今はほとんど風邪もひかず、歩けるばかりか自転車にも乗れるようになったタフマン」。野田さんは目を細めながら、動画のスライドなども交えて「わが息子」を紹介した。

 医ケアが必要な子どもは、重度の障害と認められる場合は福祉サービスがあるものの、たとえ喉に管が入っていても自由に走り回るなど、障害と認められない子どもには「看護や見守りなど公的な支援が全く届かなかった」のが実情。

 野田さんは「走れるから軽いだろうと思われがちだが、管が外れれば死ぬ可能性もあり、軽度ほど命取りになる」と周囲の認識に警鐘を鳴らす。

 ●教育と福祉同等に

 こうした現状から、野田さんら国会議員の働き掛けにより2016年に児童福祉法が改正。「医療的ケア児」という言葉が初めて法的に明示され、医ケア児が公的な支援の対象となった。

 ただ野田さんは「法律の中に明記されて初めて、それに伴う義務や権利が見える化される」と、法制度の“限界”を指摘した上で「明記されない限り、法律の隙間に落ち込み、孤独に陥ってしまう人たちが出てくる」と問題提起する。

 一方、同法に基づく医ケア児に対する福祉や教育などの支援は、地方自治体の「努力義務」にとどまり「国から県や市町村へ命令ではなく通達なので、やりたいと思う自治体でしか進まない」。

 就学期を迎えた真輝君は1~2年時は特別支援学校、3年生からは小学校の特別支援学級に通っている。「親亡き後を考え、やっぱり将来は地域の子たちに支えてほしい」と願うからだ。しかし、いずれも当初は医ケアに対応する看護師が配置されていなかったことなどから、すんなりは認められず、野田さん夫妻も付き添いを強いられた。

 「住む自治体によって、医ケアを理由に学校の門が閉ざされることが当たり前のようにある」。野田さんは地域間の格差に強い懸念を示し「地方の自立は大事だが、子どもの教育、福祉に関しては最低限、どこでも同じサービスが受けられるようにしなければならない」と訴えた。

 ●高齢社会にも道筋

 「人口減少が始まり、すべての人が主役脇役なく、それぞれの能力に応じて納税者になったり社会貢献したりする時代」。野田さんは、7月の参院選で筋萎縮性側索硬化症(ALS)の舩後(ふなご)靖彦さんらが国会議員になったことにも言及。「世の中が大きく変わっていくのでは」と評価する。

 高齢社会も進み「国難」とも形容されるが、誰もが年を重ねれば体が弱くなり、後天的に障害を抱えることもある。野田さんは「息子をはじめ障害のある人や家族が日々、幸せを感じる世の中になれば、社会が『障害』をものともせず、包含していければ、何も怖いことはない」と信じる。「障害児者政策は福祉ではなく、国策。障害者は、近未来の幸せを導く使命を持っている」-。

 わが子を愛しつつ、ゴールがあるわけではない24時間介護、看護のつらさや不安、焦り…。同じジレンマを抱える母であり、また「国政の代弁者」だからこそ、その言葉一つ一つに、期待はいや応なく高まった。

 ▼のだ・せいこ 衆院議員(自民・岐阜1区)。1960年9月、北九州市生まれ。岐阜県議から93年の衆院選で初当選し9期目。郵政相、総務相などを経て2018年10月から衆院予算委員長を務める。子どもと女性の問題に積極的に取り組む。

 (三宅大介)

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