車攻めずコメ死守 農業の市場開放「最小限」に

西日本新聞 総合面 塩入 雄一郎

 【ニューヨーク塩入雄一郎】安倍晋三首相とトランプ米大統領が日米貿易協定の共同声明文書に署名した。合意を先送りした分野は少なくないが、世界の国内総生産(GDP)の3割を占める巨大な自由貿易圏が実質的に誕生することになる。双方の思惑がぶつかり合った末、どうにか米側の圧力をかわせたと胸をなで下ろす日本側。ただ、トランプ氏がこれで矛を収めるかは読み切れない。火種はくすぶり続ける。

■「スリル満点」

 「日本はアメリカのために70億ドル分の市場を開くことになる」。米ニューヨークのホテルで行われた共同声明の署名式。トランプ氏はカウボーイハットの畜産農家に囲まれ、上機嫌だった。安倍首相は「日本の投資は間違いなく増える」と米側のメリットを強調してみせた。

 署名式はつつがなく終わったが、日本政府の職員たちは最後の瞬間まで「本当に合意するのか」とひやひやだった。この種の署名式は首脳会談後に行うのが通例だが、トランプ氏の気が変わらないとも限らない。会談前に署名式をセットし、当日までトランプ氏の言動を警戒した。

 まとまりそうになるとトランプ氏がひっくり返す。要求はいつも突然-。交渉筋は、この1年の日米貿易交渉で何度も「トランプ・リスク」を味わった。「いつ、どこで何を言い出すか。スリル満点の交渉だった」と苦笑する。

■さらなる交渉

 米側から農産品の市場開放を迫られる中で、日本は関税撤廃や引き下げを環太平洋連携協定(TPP)の水準にとどめることに成功した。米国産農産品の関税撤廃率は品目ベースで37%。TPP合意時の半分以下で、農産品の市場開放は当初予想より小さくまとまった。

 日本側が成果として強調するのはコメだ。「米国が絶対守らなければならないものが自動車なら、日本はコメだ」。交渉筋はコメの関税除外を死守することに注力した。米国のコメ産地・カリフォルニア州は民主党の牙城。共和党のトランプ氏にとって、交渉の優先度が低かったことが幸いしたとの見方もある。

 ただ、交渉は守勢に立たされ、攻めの成果はほとんどない。注目された米国の自動車や自動車部品の関税撤廃はかなわず、米側の協定関連文書に「さらなる交渉」を明記させるのが精いっぱい。貿易交渉担当の茂木敏充外相が「単なる見送りでは国内が持たない」とねじ込んだという。

■首脳の口約束

 火種も残った。日本車への追加関税措置の発動リスクだ。日本側は文書で発動しないことの確認を目指したが、首脳間の「口約束」にとどまった。

 ライトハイザー米通商代表は25日、米国記者団に「この時点では、大統領に自動車について日本に何かをする意図はない」と発動の可能性に含みを残した。日本側は「協定を結んだばかりでできるわけがない」と高をくくるが、トランプ氏の出方は全く予断を許さない。

 しかも協定はトランプ氏が成果を急いだ農業分野を優先したため、多くの交渉を積み残した。米国の医薬品や金融業界には日本市場へのアクセス改善に期待が大きい。今後の交渉は一筋縄でいきそうにない。

 トランプ流の圧力外交「第2幕」があるのか。首相は「協定の発効で両国経済がさらに発展していく」と胸を張ったが、それほど楽観できる状況ではない。

   ◇    ◇

TPP離脱の「逃げ得」許す

 【解説】日米貿易協定は合意内容だけを見ると、日本側の「敗北」だ。農産品の市場開放の見返りに得たかった日本車の輸入関税撤廃を実現できなかったのがその象徴である。そもそも自動車関税の段階的撤廃は環太平洋連携協定(TPP)の合意事項だった。その成果を生かせず、TPPを離脱した米国に「逃げ得」を許したと言わざるを得ない。

 一方で、自国第一主義を掲げ、同盟国にもディール(取引)を迫るトランプ米大統領を相手にした交渉だったことを考えると、国内への影響を最小限に食い止めたとの見方もできる。米国産農産品の関税撤廃や引き下げはTPP水準を死守した。圧力をかわせたのは、日本が米国抜きのTPPを粘り強く主導、発効させていたことも大きかった。

 米国は日本にとって中国に次ぐ貿易相手国であるのと同時に、安全保障の要だ。安倍政権はこれを強く意識した。米側への「譲歩」の背景に、良好な対米関係の維持を最優先する判断があったのは間違いない。

 その判断が正しかったのかどうか、評価は今後の対米外交次第だろう。通商分野で未決着の課題をどうするか。トランプ氏が照準を定める在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)増額にどう対応するか。軟着陸に失敗すれば「外交敗北」の評価は免れない。

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