「自分の命は自分で守る」 震災の教訓心に刻む 被災地のいま~福岡の小学生が岩手訪問(2)

西日本新聞 ふくおか都市圏版 上野 洋光

 「この町を襲った津波がどんなふうにやって来たのかよく分かった。ここで習ったことを忘れないようにする」(高木小5年・岡村宗志郎君)

 岩手県大槌町を訪れた福岡市南区のサッカーチーム「大橋FC」のメンバー10人は地元チームとの交流の合間に町文化交流センターを訪問した。昨年6月に開館した同センターは、東日本大震災の教訓を防災教育に役立てようと震災伝承展示室を備えた施設だ。

 子供たちは、あの日の津波の映像を見て衝撃を受けた。黒々とした壁のような津波はまるで生き物のよう。土ぼこりを噴き上げ、民家の屋根を乗り越えて、ぐんぐんと迫ってきた。

 震災前の町の様子が分かるジオラマを子供たちが囲んだ。大槌湾最奥の町の中心部は二つの川に挟まれた住宅密集地だった。高さ11メートル、時速100キロ超の津波がここを襲った。

 「津波は一気に建物をバキバキと壊しながら迫ってきた。お年寄りは走れないから転んだりして、津波にのまれたんだろうと思う。どんなに足が速くても間に合わない。僕は津波が来る前に逃げようと思う」(塩原小5年・山本宙來=そら=君)

 大槌町では7割の家屋約4400戸が被災し、人口の1割に当たる1286人が亡くなった。あの日、多くの保護者が子供を小学校に迎えに行き、渋滞に巻き込まれ、車内で犠牲になった親子も少なくない。地元のサッカーチーム「大槌SC」の当時6年生だった鬼原壱君もその一人だった。

 「津波の高さの予想が変わったかもしれないけど、自然は急に変わるもの。地震が来たら、まず高いところに逃げなければ」(同小5年・田熊寛太君)

 子供たちは大槌町で「自分の命は自分で守ること。そのために一人でも逃げること」と教わった。地震のときは家族の避難を信じて、てんでバラバラに逃げろ、という津波の標語「津波てんでんこ」の言葉も覚えた。

 帰宅後、このことを両親に伝えた子供もいた。どこで落ち合うかを両親と話し合ったそうだ。

 作文にはこう記されていた。「私は両親に伝えたい。もし福岡で地震が起きても、迎えに来ないで自分が生き残ることを一番に考えて。私もそうするから。そして必ず会おうね」(同小5年・森田桜心=さくらこ=さん)

 南海トラフ巨大地震が起こる確率は「30年以内に70~80%」とされる。福岡の子供たちは、震災の教訓をしっかりと心に刻み込んだはずだ。(上野洋光)

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