「震災に強い町になって」 にぎわい復活も願い 被災地のいま~福岡の小学生が岩手訪問(3)

西日本新聞 ふくおか都市圏版 上野 洋光

 東日本大震災で津波被害を受けた岩手県大槌町の中心部は道路や線路も含めた周辺一帯を盛り土で2・2メートルかさ上げした。震災前の2倍以上となる高さ14メートルの防潮堤もほぼ完成。今年3月には三陸鉄道の大槌駅も営業を再開したが、昼も夜も人けはなく、にぎやかだった街の面影は消えた。

 「人が歩いてないでしょ。車も昔は渋滞するほどだったのに、随分減ってしまった」。福岡市南区の少年サッカーチーム「大橋FC」と交流した地元チーム「大槌SC」の岩間徹コーチ(57)は、顔を曇らせた。

 一緒に暮らしていた母親が、震災の津波で行方不明になった岩間さん。当時あった自宅近くの町中心部に、2年前、念願の新築を建てた。目抜き通りだが隣近所は空き地が多い。あちこちで「売物件」の看板が目立つ。「新築の補助も本年度で終わるので、もう空き地に家は建たないですよ」

 それでも、大橋FCの子供たちは町の復興に驚いた。津波や直後の火災で焼け野原になった町の様子を、町の震災伝承展示室で映像や写真を見て学んだからだ。「家族やいろんなものをなくした苦しみの中で、町を作り直すのは大変なことだ。すごいと思った」(塩原小5年・森田樹君)

 子供たちは津波をもたらした海を見ようと、大槌湾に浮かぶ小島「蓬莱島(ほうらいじま)」に渡った。NHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルとなった島で、新駅のデザインにも取り入れられた町の名所だ。

 「おっ、何の魚かな」。子供たちは防波堤から透明度の高い海をのぞき込み、小魚の群れを目で追った。「こんなに穏やかな海が突然、一変して一瞬で人々を呑み込む凶器になるなんて、信じられませんでした。人の命を奪った水だけど、生き残った人々を助けたのも水。普段と違って、大槌町ではいろいろなことを考えました」(三宅小6年・松永琴葉さん)

 今年6月には三陸道のインターチェンジが全面開通し、北は同県宮古市、南は宮城県気仙沼市へのアクセスが容易になった。一方、町を支えてきた水産業は下火で、人口減少と少子高齢化に歯止めが掛からない。「交通の便が良くなった分、子育て世代や若い人たちが町を出て行ってしまうようになった」。岩間さんが寂しそうに漏らした。

 町は今後10年間の総合計画で「自然を生かした1次産業の振興」をトップに据えた。「大槌町にもっと震災に備えられる強い町になって、これからも頑張ってほしい」(塩原小5年・森田芯太郎君)

 福岡の子供たちは、町がかつての輝きを取り戻すことを心から願っている。(上野洋光)

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