企業、手薄な洪水対策 経験少なく想定3割 九州北部大雨1カ月

西日本新聞 総合面 御厨 尚陽

 九州北部を襲った記録的大雨から28日、1カ月を迎えた。冠水した佐賀鉄工所大町工場(佐賀県大町町)は、災害時に備える事業継続計画(BCP)を作っていたが、「一番の心配事」だった油の流出を防げず、二次災害を招いた。内閣府の調査では企業のBCP策定率は4割程度。地震のリスクを想定する企業が9割なのに対し、洪水は3割と手薄だ。「水害はイメージが湧かず、自分事として考えにくい」(専門家)という事情があり、国は対策を検討している。

 「工場に水が入ってます」。8月28日午前4時半、江口隆信大町工場長(51)は守衛の電話で工場に急いだ。工場にはボルトを熱処理する油槽が建屋の地下にある。到着すると、建屋の外は50センチ、中も20センチ浸水して油が漏れ、作業員が出入り口に土のうを積んだり、ポンプで排水したりしていた。午前5時半、水位は50センチとなり、避難を指示。1時間後、油は敷地外に流れた。

 油槽から流れた油は11万リットル。地面や道路に付けば後処理が要るため、回収を終える9月10日まであえて冠水させ、水田26ヘクタール、民家約100棟が被害に遭った。

 工場では1990年にも油が流出した。対策として建屋を数十センチかさ上げし、出入り口のシャッターを強化。BCPや防災マニュアルでも豪雨のリスクを考慮していたが、具体的な浸水高は想定していなかったという。江口工場長は「建屋への水の浸入を許すとなすすべがない。あんなに水位が上がると思わなかった」とうなだれた。

 大町町が公開している洪水ハザードマップは、工場が2~5メートル(今回の大雨の3~7倍)まで浸水する可能性があるとし、警戒を促していた。鉄工所の担当者は「ハザードマップの浸水高は知っていた。避難のための情報という認識で、水害対策に活用しなかった」と打ち明ける。

   ◆    ◆

 水害版BCPは洪水時の想定水位を確認した上で被害を予想し、災害時の優先業務を考える。事前の準備が奏功するケースは少なくない。

 ハザードマップを踏まえて浸水1メートル未満の想定でBCPを策定している佐賀県武雄市の介護施設は、治療機器が使えなくなれば高齢入所者の命に関わるとして、複数の自家発電装置を屋上などに用意した。今回の大雨では、BCPに従い止水板などを設置、建物内の浸水はなかった。施設事務局長は「最悪の事態を想定するかどうかで、取るべき行動が変わる。BCPの重要性を実感した」と言う。

 介護施設が入念に対策していた背景には、国土交通省武雄河川事務所の指導支援がある。策定実績は現時点で3施設のみ。担当者は「ここ2年は問い合わせすらない」と明かす。

   ◆    ◆

 内閣府が昨年2~3月に全国約2千企業に行った調査によると、BCP策定率は38・2%。想定リスクは「地震」が92・0%と最も多い一方、「洪水」は30・5%にとどまる。未想定の企業が挙げた理由は「時間や人員の不足」が60・0%、「知識・情報不足」が28・0%だった。

 九州経済産業局による17年の調査では、九州約400企業の策定率は33・5%。このうち92・2%が地震を想定し、風水害は61・0%だった。

 なぜ水害は軽視されるのか。国土技術研究センターの岡安徹也河川政策グループ研究主幹は「小さな揺れを含めて誰もが経験している地震と比べると、水害の発生は限られた場所であり、未経験者が多いため、対策を立てにくい」と指摘する。

 近年は台風や豪雨による二次災害が目立ち、昨年7月の西日本豪雨では、浸水した岡山県の工場の溶解炉が爆発。近くの住民が負傷し、住宅が全焼した。国交省は水害版BCPを全国に広げるための手引きの作成を検討している。岡安主幹は「浸水時にどんなリスクがあるか“翻訳”する専門家の育成や活用が重要だ」と話した。 (御厨尚陽)

   ×    ×

 事業継続計画(BCP) 企業が自然災害などの非常事態に遭遇した際、事業を続けるために必要な態勢や手順をまとめた計画。ビジネス・コンティニュイティー・プランの略。安全確保や二次災害防止などの応急対応に加え、経営に与える致命的なリスクを防ぎ、早期復旧するための段取りを事前に定めておく。2011年の東日本大震災を機に注目され、国が策定を推進している。

佐賀県の天気予報

PR

PR

注目のテーマ