「抱え上げないケア」広がる スタッフの腰痛防止 患者の2次障害改善 九州、技術認定試験も開始

西日本新聞 医療面 井上 真由美

 病院や介護施設などで「抱え上げない看護・介護(ノーリフティングケア)」を導入する動きが加速している。移動する際に人の力に頼らず、医療・介護用リフトなどの道具を使うことで、ケアする側の腰痛予防はもちろん、ケアされる側の手足が曲がる拘縮や表皮剥離(はくり)などの2次障害を防ぐ効果に注目が集まる。九州ではNPOによる技術認定試験も始まっている。

 8月上旬、福岡県田川市の県立大。NPO福祉用具ネット(事務局・同市)による抱え上げない看護・介護の研修会が開かれた。看護師や介護福祉士、作業療法士などの専門職28人が、リフトの使い方、シートを使って車椅子からベッドに滑らかに移動させる方法などを1日がかりで学んだ。

 力任せに抱え上げられると、患者や要介護者は筋肉の緊張や痛みが生じ、これを繰り返すと身体の変形や拘縮が起こってしまう。このため「抱え上げない」「持ち上げない」「引きずらない」ことを徹底する。ケアされる側を体験して「刺激がかなり少ない」と驚く参加者もいた。

 同NPOは2017年、福岡、佐賀、熊本、大分4県の約100人でプロジェクトチームを結成。有志が先進地の高知県での勉強会に参加するなど、約1年かけて具体的な技術を学んでいる。

 昨年9月に初の技術認定試験を行い、20人が合格。今年4月の2回目は29人が合格した。合格者は勤務する病院や施設で指導と普及に励む。今後も年1回の試験を続ける予定。

 看護師でもある大山美智江事務局長(68)は「患者に不快なケアを改善しなければならないし、スタッフ自らを守るためにも不可欠。今、本気で取り組まないと、外国から人材を招いても体を壊して帰国させることになってしまう」と訴える。

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 北九州市八幡西区の特別養護老人ホームふじの木園(定員70人)では、プロジェクトチームの1人、作業療法士白石源成(もとなり)さん(39)を中心に浸透を図る。

 16年、職員の腰痛に悩んだ施設長の須藤秀作さん(39)が抱え上げないケアに着目。白石さんと共に各地の研修会に参加し、「入所者、スタッフ双方の幸せのためのケア」を合言葉に導入した。

 約1千万円をかけてリフト17台を配備。現在はベッドから車椅子への移乗、トイレや食堂への移動など全てにリフトを活用する。慣れないと、抱え上げるより時間はかかる。導入当初は時間を惜しむスタッフもいて徹底されなかった。

 職員研修を繰り返し、勤務評価や報酬にも抱え上げないケアの習熟度を反映させて定着。この結果、腰痛を訴えるスタッフが減り、移乗の際に入所者が車椅子やベッドなどにぶつけてできる皮下出血や表皮剥離は10分の1に激減したという。

 白石さんは「リフトならお互いの目が合い、コミュニケーションの時間にもなる。そもそも質の高いケアには時間を惜しむのではなく、時間をかけないといけない」と強調する。

 福岡県田川市の見立病院も昨年、作業療法士の塚田香織さん(41)を中心に取り組みを始めた。寝たきりの認知症患者などが多い病棟でリフト2台、ボードなど抱え上げないための用具を使う。1月の調査では、拘縮が悪化した人は導入前の23人から10人に減り、現状維持は27人から30人に微増。塚田さんは「わずかだが身体機能低下を遅らせる効果が見られた。病院全体に浸透させたい」と意気込む。

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 ケアする側へのメリットも大きい。滋賀医科大の垰田(たおだ)和史准教授(衛生学)によると、官民で抱え上げないケアを定着させた高知県では、社会福祉施設での年間千人当たりの死傷病災害件数(腰痛など)は07年の10・5件から16年は10・0件と、全国で唯一減少していた。

 垰田准教授は「ケアする側、される側ともに負担が大きく、危険にさらされていた方法から、世界標準の抱え上げないケアへの変更はメリットしかない。全国各地に取り組みが広がりつつあり、取り組みが遅れた地域には人材が集まらなくなるだろう」と話している。 (井上真由美)

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