【韓国元徴用工問題】 平野啓一郎さん

西日本新聞 オピニオン面

◆一人の人間として思う

 新日鉄住金(現日本製鉄)元徴用工訴訟に対する韓国大法院(最高裁)判決以降、メディアは「嫌韓」を煽(あお)りに煽ったが、一旦(いったん)、相手が悪いとなると、ここまで品性をかなぐり捨てるのかと、私は不気味なものを感じた。

 原告4人が徴用工となった経緯は、悲惨という他ない。判決文によると、「原告2」の男性は1943年に「大阪製鉄所で2年間訓練を受ければ技術を習得でき、訓練終了後には韓半島の製鉄所で技術者として就職できる」という募集広告で労役に就くも、技術習得とは無関係の危険で過酷な作業を強いられ、暴力的な管理下に置かれた。更(さら)に44年には「現員徴用」により賃金さえ支払われなくなった。

 原告中、唯一存命の李春植(イチュンシク)さんも、41年、17歳の時に、やはり「技術を習える」と騙(だま)されて「報国隊」に志願し、同種の経験をしたとされる。

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 この「技術習得」という嘘(うそ)による酷使は、今日の技能実習生問題と生々しく重なる。私は、たった17歳で騙され、家族と離れ、命の危険に曝(さら)されながら重労働を課された少年の姿を痛ましく想像した。

 私たちは、国家の利害の代弁者となる以前に、一人の人間として、他者に対し、多様な共感を抱き得るはずである。かつて十代だった自分を通じて、貧しさを通じて、不当な労働環境に置かれる立場を通じて。

 彼らは、日韓請求権協定を通じてもたらされた「三億ドルに等しい円の価値を有する日本国の生産物及(およ)び日本人の役務」によっては、補償も賠償も受けることがなかった。そういう彼らが晩年に至って、自分の人生は贖(あがな)われてはいない、と訴訟を起こす心境は、理解できないだろうか。

 判決文によると、大法院が上告を棄却し、新日鉄住金に賠償を命じた理由は二つ。一つは、日韓請求権協定に、損害賠償請求権は含まれないという解釈。根拠は「韓国併合」自体の不法性にあり、「補償」が適法行為に起因する損失填補(てんぽ)であるのに対し、「賠償」は不法行為による損害填補と区別していた、との補充意見も示した。これに対し、日本政府は「韓国併合」は合法であり、賠償請求権も請求権協定に含まれる、という立場を採っている。

 もう一つは、請求権協定は、個人の請求権を消滅させない、という考え方で、この点では、従来の日本政府、最高裁判所も一致していた。実は、大法院でも、二名の裁判官が、請求権協定に賠償請求権が含まれる、と反対意見を述べており、そのうち一名は、個人の請求権も消滅した、としている。私は、日韓併合の経緯から合法との主張に与(くみ)できないが、この二名の見解には一定の説得力を感じた。

 それでも、別の補充意見の「条約が国家ではなく個人の権利を一方的に破棄するような重大な不利益を与える場合には約定の意味を厳密に解釈しなければならない」という判断に納得した。

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 請求権協定第3条には、「両国はこの協定の解釈及び実施に関する紛争は外交で解決し、解決しない場合は仲裁委員会の決定に服する」とある。そうすべきであり、韓国側が仲裁委員会の設置に応じない点は疑問である。一方で、「約束を守らない国」などと非難し、経済制裁で圧力をかけ、外相が相手国の大臣を面罵(めんば)するなどというのは、極めて不適切である。ナショナリズムを扇動すれば、外交的な選択肢は狭まるばかりである。

 まず考えるべきは、植民地支配によって人権を蹂躙(じゅうりん)され救済の網からも零(こぼ)れ落ちてしまった被害者の存在だ。日本として出来ることは何か? その積極的関与こそが、真の意味の隣国との「未来志向」の関係ではないのか。

 【略歴】1975年、愛知県蒲郡市生まれ。2歳から福岡県立東筑高卒業まで北九州市で暮らす。京都大在学中の99年に「日蝕」で芥川賞。「ある男」で読売文学賞。「マチネの終わりに」は映画化され、11月公開。本紙朝刊で「本心」連載中。

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 平野啓一郎さんの連載小説「本心」公開中 西日本新聞webで1日1話ずつ更新しており、朝刊では4日早く読めます。→バックナンバー、インタビュー記事はこちら

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