水門より厚い省益の壁 田代 芳樹

西日本新聞 オピニオン面 田代 芳樹

 振り返ると、22年余の歳月が流れていた。後に「ギロチン」と呼ばれた国営諫早湾干拓事業(長崎県諫早市、諫干)の湾閉め切り工事である。

 あの時、現地で取材した。293枚の鉄板は、水しぶきを上げながらわずか45秒で次々に落下した。その瞬間「これで取材も終わりか」と思った。ところが、あの衝撃の映像が事態を一変させた。

 諫干を巡る訴訟で最高裁が9月、漁業被害の原因解明へ漁業者側が求める開門命令を無効とした高裁判決を破棄し、審理を差し戻した。事業完成から12年、排水門の開閉を巡る論議は今もなお続く。

 旧知の市民に聞いてみた。「有明海への影響が心配」と指摘する声も根強い一方で、「大雨でも潮の干満に関係なく排水でき、水害の心配がなくなった」と諫干効果を評価する声は少なくない。

 市内を流れる本明川流域で539人の死者・行方不明者を出した1957年の諫早大水害を経験した市民の正直な思いだろう。

 だからこそ農林水産省は、減反政策で農地造成の目的が薄れる中、諫干の防災面を前面に押し出した。堤防と干拓地の間の遊水池を高潮と洪水の調整池として利用する、と。

 一方、本明川上流では、洪水調節と渇水時の農業用水確保を目的にダム建設が進む。河川管理を担当する国土交通省の事業。83年に予備調査を始め、曲折を経て昨春、建設が本格化した。2024年度の完成を見込んでいる。

 かつて当時の建設省(現国交省)に、諫干の防災効果について尋ねたが「農水省の事業」と繰り返すばかりで固く口を閉ざした。

 一方の農水省は、排水門の常時開門について「集中豪雨の際に川の水を受け止めるため、いったん調整池の水位を下げて排水門を閉じる。長さの短い本明川は流れも速く、短時間に門を操作するのは困難」との説明に終始した。

 なぜ、互いの事業の防災効果を考慮に入れないのか。調整池の防災機能は低地帯だけで、本明川全体の治水を考えるなら相互の効果を検証することが不可欠のはずだ。

 「省益の壁」-。諫干がこの言葉を象徴する公共事業であることを痛感する。縦割り行政組織の弊害は、解決を遠ざける要因になっているようにみえて仕方がない。

 環境省も含め各省が省益を排し、防災と自然保護の観点から総合的に検討する。これが国営事業の本来あるべき姿だ。国交省の防災専門家も交え、排水門開閉の可能性を探るなどすれば問題解決の道筋も見えてくるのではないだろうか。 (デジタル編集チーム)

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