「全域避難」の誤解 自宅にとどまる選択肢も

西日本新聞 オピニオン面

 記録的な大雨などに伴い、市町村が「全域(全世帯)」に避難指示を出すケースが増えている。だが、この「避難」について、行政と住民の間で共通の認識ができているだろうか。

 自宅を離れ避難所に向かう方がかえって危険な場合もある。折から台風18号が九州に接近している。自治体が作ったハザードマップ(被害予測地図)を基に住民も冷静に判断したい。

 九州北部を襲った今年8月の大雨では、福岡、佐賀、長崎3県で最大約88万人に避難指示が出された。被害が大きかった佐賀県の武雄市(約4万9千人)と大町町(おおまちちょう)(約6400人)は全域が対象だった。

 両市町に限らず、どの自治体も体育館など指定避難所の数は限られている。実際に全世帯の住民を収容できるはずもない。「どこへ行けばいいのか」と戸惑う人は多いはずだ。

 災害対策基本法(災対法)に基づく「避難」の考え方が、必ずしも明確でなかったことが原因だ。今も避難所に行くことだけを指すと誤解されている。

 全域とは風水害の場合、主に浸水と土砂災害の可能性がある地区の全員という意味だ。自宅や職場はどんな災害の危険があるのか。まずは確認したい。

 災対法は2013年に改正され、外出避難の他に市町村は自宅など屋内にとどまるよう指示できるようになった。兵庫県佐用町で09年に起きた台風9号の水害がきっかけだ。十数人が自宅から逃げる途中などに犠牲となり、自宅家屋やマンション内で2階以上に逃げる「垂直避難」の重要性が指摘され始めた。

 一方、災害が差し迫る中、どの範囲に避難情報を出すのか。市町村には悩ましい課題だ。政府は15年、避難に関する指針を改め「居住者が危機感を持つことができるような範囲に絞り込むことが望ましい」とした。

 それでも今年7月、豪雨に襲われた鹿児島市は市内全域(約59万人)に避難指示を出した。避難所がいっぱいになり、自宅に帰った人もいた。逆に1人も来ない避難所もあった。市内には土砂災害警戒区域や河川が多く、範囲を絞り込むことが難しいとの事情もあったようだ。

 気象は「生きもの」であり、危険な地域の範囲は刻々と変化する。危険度も変わる。

 避難とは文字通り「難」から逃れ、自らの命を守ることだ。実際、地域によってはハザードマップを参考に住民が地元を歩き、独自に避難ルートを策定する動きも活発化している。

 災対法は、死者・行方不明者5千人以上を出した伊勢湾台風の教訓から制定された。今年は上陸から60年だ。確実な「避難」を考える契機としたい。

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