平野啓一郎 「本心」 連載第25回 第二章 告白

西日本新聞 文化面

 <あらすじ> 石川朔也はリアル・アバターという職業を持つ二十九歳。特別な装置を着けて依頼者の「分身」として外出する。朔也は半年前に亡くなった母を仮想空間の中に再現するVF(ヴァーチャル・フィギュア)の製作を、企業に依頼した。朔也は、母から生前、安楽死の認可をもらってきたと告白されたことを思い出していた。

  第二章 告白
 
 僕は当然に、それを精神的な不調のせいだと考えた。実際、かかりつけの医師が、母の意思の確かさを認めるまでに時間を要するのは、そのためだった。

 しかし、母はその後も、まったく落ち着いていて、抑鬱的(よくうつてき)な気配は微塵(みじん)もなかった。よく熟考しており、医師との対話にも積極的に応じ、その他、安楽死の許可を出す条件を完全に満たしていた。ひょっとすると、認知症の兆候などが見つかり、将来を悲観しているのではないかとも思ったが、医師はその見方を否定した。

 実際のところ、取り乱していたのは、僕の方だった。母がこの世界からいなくなってしまうという想像に、僕は深甚(しんじん)な孤独を感じた。しかも、母が自らの意思でこんなことを考えだしたのは、病気でないとするなら、僕のためを思ってなのではないのかという不安を拭えなかった。それに対しては、母は最後まで、自分の願いなのだと言い続けたが。

 それでも、母は僕の手を乱暴に振り解(ほど)くつもりはなく、僕を納得させてから、看取(みと)ってほしいと願っていた。

 そして、僕にこう言った。
「お母さんはね、朔也(さくや)と一緒にいる時が、一番幸せなの。他の誰といる時よりも。だから、死ぬ時は、朔也に看取ってほしいのよ。朔也と一緒の時の自分で死にたいの。他の人と一緒の時の自分じゃなくて。--それが、お母さんの唯一のお願い。あなたの仕事も、家を留守にしがちだから、お母さん、万が一、あなたがいない時に死ぬと思うと、恐(こわ)いのよ。わかるでしょう、それは?」

 僕は虚を突かれた。それは、僕自身の死の瞬間を思って、慄然(りつぜん)とさせられるような考えだった。しかし、だからといって、今すぐ安楽死したいというのは、幾ら何でも、理解を絶していた。
「だけど、お母さん、まだ若いんだから。まだ十年も二十年も先の話だよ、それも。――本当は、どうしてなの? 何かあったんでしょう?」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化され、11月1日に公開予定。

マチネの終わりにの公式サイト

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