見える沖縄の気持ち 記録映画「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯」 戦後歩んだ政治家

西日本新聞 吉田 昭一郎

 太平洋戦争で国内唯一の地上戦に巻き込まれ、県民の4人に1人が亡くなった沖縄。米軍占領後、人々は収容所に入れられ、先祖伝来の土地を奪われる。祖国復帰後も広大な米軍基地は残り、事件事故は絶えない。そうした沖縄の戦後に、不屈の精神で立ち向かった政治家、瀬長亀次郎(1907-2001)の記録映画だ。「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯」が全国各地で相次ぎ公開されている。

 TBSのテレビ番組を基に追加取材し、再編集した「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」(2017年)に続く2作目。今作は、230冊以上ある日記などをひもとき、関係者にインタビューし、深く人間像に迫る。TBSで長年報道の場に身を置く佐古忠彦監督は「カメジローが生きた戦後史は沖縄の原点であり、あの時代を見れば今が見える。カメジローを通して見えるのはまさに沖縄の歴史であり、沖縄の皆さんの気持ちであり、沖縄の姿だ」と語る。

 少年少女の動員も含め住民は戦闘に巻き込まれ、現地の日本軍が住民に集団自決を強制したりスパイ摘発名目で住民を虐殺したりして、多くの犠牲者を出した沖縄戦。祖国復帰が決まる1969年の慰霊の日、瀬長は日記に書いた。

 〈惨殺された同胞に安らかに眠ってくださいと、真心から黙とうしたのである。うらみをのんで殺された仲間たちの魂に報いる道は何か。再び戦争を起こさない保証を取り付けることである。そのためには基地を撤去させて、侵略と戦争の根源を一掃することである〉

 終戦後も悲惨だった。米占領下、米兵による女性への暴行被害が相次ぐ一方、住民たちは銃剣で追われ、ブルドーザーで田畑や住まいをつぶされる。瀬長が度重なる米側の弾圧を受けながらも、強権的な占領統治にあらがい、祖国復帰と基地撤去を求め続けたのは、自身も共に生きた沖縄の地獄を知るからだろう。

PR

文化 アクセスランキング

PR

注目のテーマ