ヒトラーと毒ガス攻撃 上別府 保慶

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 人間の社会には「人を殺してはならない」というモラルがある。いったん戦争が起こると、若者は見知らぬ相手を殺すよう強いられ、このモラルとのはざまで葛藤する。

 「銃・病原菌・鉄」という人類史の著書で知られる進化生物学者のジャレド・ダイアモンド博士は「第1次世界大戦の兵士の半分ぐらいは(最初は)銃で敵を撃つことができなかった」と語っている。

 ヘンリー・タンディーという英国兵がそうだった。戦場で退却するドイツ兵に銃を向けた時、1人の男が振り向いて目が合った。負傷しているらしく、どうしても引き金を引けなかった。後にタンディーが戦功勲章を受けた折に、不思議な記憶としてこれを語り、新聞にも載った。

 1938年のミュンヘン会談。会議の合間にヒトラーは英国のチェンバレン首相に、私こそがそのドイツ兵だと語り、自らの強運を誇った。ヒトラーは前の年にタンディーへ感謝の手紙を送っており、それは英国の博物館で見つかっている。話が本当ならば、彼は人間のモラルのおかげで命拾いしたことになる。

 だが大量殺りくのために開発された兵器には、人間の葛藤などはない。ヒトラーは戦場で毒ガスを吸って目が見えなくなり、病院へ送られた。第1次大戦が始まる前は画家になるのが夢だっただけに、将来を思い恐怖におびえた。

 ナショナル・ジオグラフィックのドキュメンタリー番組「あなたの知らない世界史2独裁者ヒトラー誕生秘話」によると、治療に当たったのはドイツ軍の精神科医エドモンド・ホースターだった。ドイツの敗戦による失望も重なって症状が悪化したヒトラーに、ホースターは愛国心をあおる心理療法を加えた。君には祖国を再び強くする運命が待つのだと思い込ませたという。ヒトラーは回復した。

 ヒトラーがドイツの首相となった33年、大学の医学部長だったホースターは、自宅で銃による傷を負って死んでいるのが見つかった。自殺として処理された。番組は、ヒトラーの病歴を隠すためにナチスが暗殺した可能性を指摘する。ホースターは愛国者だったが、ナチスを支持してはいなかった。

 ヒトラーは「私は毒ガス攻撃によって神の啓示を受けた」としばしば語った。

 あるいは人間のモラルが救ったヒトラーを、心を持たない毒ガス兵器が独裁者に仕立て上げ、世界を無残な第2次大戦へ導いたということか。日本の軍部はそんなヒトラーに心酔して手を組み、あの破滅の戦争へと国民を引きずっていった。 (編集委員)

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