平野啓一郎 「本心」 連載第26回 第二章 告白

西日本スポーツ 文化面

 僕が、悪かったのだろうか? 責めるつもりではなく、ただ、母の本心が知りたかっただけだった。

 母は、僕から、人生の最後の希望を奪われてしまった。僕は、母の安楽死を絶対に認めなかった。そして結局、母は僕が、上海(シャンハイ)に出張中に、事故死してしまったのだった。搬送先の救急病院で、若い、見知らぬ医師たちに取り囲まれて。

 病院に着いた時、母にはまだ、辛うじて意識があったらしい。

 母は、僕を恨んだろうか? 僕と一緒の時の自分でなく、赤の他人の目にさらされながら死ぬことを、最期の瞬間、酷(ひど)く嘆いただろうか? だからあれほど言ったのにと、僕を責めただろうか?

 母がこの世界に遺(のこ)した最後の感情は、そんな後悔だったのだろうか?……

 

「――もう十分です。」

 青い大きな海と空の前で、微動だにせずただ立ち尽くしていた僕に、若松さんはそう言った。僕はやはり、その言葉に、感情を掻(か)き乱されずにはいられなかった。なぜそう思えるのだろう? 五秒前でも、五秒あとでもなく、なぜ今この瞬間だったのだろう? 

 それは、疲れてしまったからだろうか?

「ありがとうございました。最後にこの風景が見れて、本当に良かった。あっちにいる家内に、いい土産話が出来ました。」

 僕は、丁重に挨拶(あいさつ)をして、若松さんの希望通り、そこで通信を切断し、仕事を終えた。

 

 東京に戻って二日後、若松さんの息子からメッセージが届いた。そこには、感謝の言葉とともに、「穏やかに眠りにつきました。」という、若松さんの訃報が添えられていた。

 

  第三章 再会

 

 VF(ヴァーチャル・フィギュア)製作のために、僕は母の口癖や趣味、人となりなど、膨大な項目の質問票を宿題として課された。空欄を満たす文字は、母の実体を思えば、詐術めいた疚(やま)しさを感じさせたが、その作業によって、僕の内部に喚起された記憶は、ほとんど過剰なほどだった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化され、11月1日に公開予定。

マチネの終わりにの公式サイト

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