法医学の目 虐待見逃さない 傷の原因を見極め/人手不足が課題

西日本新聞 くらし面 川口 史帆

法医学者と児童相談所連携の仕組み 拡大

法医学者と児童相談所連携の仕組み

児童相談所に協力している長崎大法医学教室の池松和哉教授。「暴力を受けると体にさまざまな特徴が表れる」と話す

 児童虐待が深刻化する中、遺体解剖のイメージが強い法医学者が関わり子どもの命を救おうとする取り組みが始まっている。傷やあざから原因を特定する専門性を生かし、虐待が疑われる子どもの早期保護や支援につなげる。6月に成立した改正児童福祉法では、2022年4月から全ての児童相談所に医師の配置を義務付けるなど、医療との連携は欠かせなくなっている。児相関係者は「虐待の見逃しを防ぐため、科学的視点で助言をくれる心強い存在」と期待を寄せる。

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 「園児の顔にあざがある」。長崎県内の保育施設から、長崎市の県長崎こども・女性・障害者支援センター(児相)に通告があった。幼児は「パンチしたの」と話すばかりで要領を得ない。児相は虐待を疑い、幼児を一時保護した。父親は「寝ぼけて家具にぶつけたのだろう」と説明したが、児相は不審に思い長崎大法医学教室に連絡した。

 幼児のあざを確認した法医学者の意見は「歩いている時に打ってできるものではない。押されたり蹴られたりした反動で何かにぶつかるなどしてできた可能性がある」。大人の力が加わっている疑いが強まった。児相は身体的虐待があったと判断して支援を継続。定期的に面会する中で、父親は暴力を認めたという。

 近所の住民から「泣き声が激しい」と通告を受けた別のケースでは、児相職員が保育施設で幼児の体を確認すると、あざのような皮膚の変色が複数あった。写真を撮り、同教室にメール送信。法医学者が写真を見た上で、施設に駆け付け目視すると、あざではなく悪化した湿疹と分かった。

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 今年6月に札幌市で2歳女児が衰弱死、8月には鹿児島県出水市で4歳女児が溺死した事件があった。児相などの行政機関が傷やあざを把握しながら一時保護につながらず、幼い命が失われるケースは後を絶たない。幼児は自ら説明できず、学齢期でも親から口止めされたりかばったりして虐待の痕跡を隠そうとしがちだ。大人が正しく見極める必要があるが、児相職員も含め経験が十分ではない。

 見逃しを防ごうと、長崎県では約10年前から長崎大法医学教室と2カ所の児相が連携し始めた。病院や保育施設などから通告を受けた児童相談所が判断に迷ったら、法医学者に傷の写真を見てもらったり、目視で確認してもらったりする。昨年は22人、今年は8月末までに17人の子どもが対象になった。

 「軽傷で『自分でぶつけた』などと保護者に流ちょうに説明されると、職員は納得してしまいがちだ。法医学者の科学的な見解があると、確信を持って支援や保護を始められる」と柿田多佳子・同センター所長(60)は意義を強調する。同教室の池松和哉教授(48)は「子どもは傷の治りが早く、悠長に様子を見ていては虐待の兆候を見落とし、支援のタイミングを逃してしまう。親子を支えるきっかけになれば」と話す。

 福岡市こども総合相談センター(児相)も、九州大と福岡大の法医学者に診察を委嘱する形で同様の取り組みを行い、昨年は26人の子どもについて意見を聞いた。福岡県久留米児相(久留米市)や同県大牟田児相(大牟田市)なども年に数件、法医学者の力を借りることがあるという。

 千葉大病院(千葉市)は昨年7月、児相や警察が虐待の疑いで保護した子どもを法医学専門の医師が診察する「臨床法医外来」を、全国で初めて開設した。

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 今年3月に閣議決定された新たな虐待防止策には、児相と法医学者などとの連携強化も盛り込まれた。ただこうした取り組みを全国に広げるには課題がある。

 日本法医学会によると、司法解剖などの実務に携わる法医学者は約200人。警察が、18年に事件事故や自殺で死亡し「異状死」として取り扱った遺体約17万体のうち、死因究明のために解剖されたのは約2万体で約12%(警察庁調べ)。“本業”も十分カバーできていない中で、「虐待予防に人手を割く余裕はない」との声が現場から上がることもあるという。

 児相に協力している同学会前理事長の池田典昭九州大教授(63)によると、親が「風呂場で熱いお湯がかかった」と説明しても、服の上から熱湯をかけなければできないやけどの特徴が見られたりする。傷痕から受傷の経緯を分析するのは、小児科医や外科医では難しい。池田教授は「まず人手不足を解消する必要があるが、命を救うために法医学ができることはたくさんある」と話している。 (川口史帆)

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