ラファエレ選手、感謝胸に 飛躍の土台は「福岡」 昨季はコカ・コーラ主将

西日本新聞 社会面 大窪 正一

サモア戦に向け調整するラファエレ(撮影・中村太一) 拡大

サモア戦に向け調整するラファエレ(撮影・中村太一)

コカ・コーラ時代のラファエレ選手

 ラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会で開幕3連勝を目指す1次リーグA組の日本代表に、福岡で才能を開花させたサモア生まれの中心選手がいる。5日のサモア戦(愛知・豊田スタジアム)に、3試合連続で先発出場するCTBラファエレ・ティモシー選手(28)だ。

 大舞台で出生国と対戦するラファエレ選手は4歳でニュージーランド(NZ)に移り、6歳からラグビーを始めた。高校3年時に福岡県宗像市であった国内外の高校生の強豪が争うサニックスワールドユース交流大会に出場するため初来日。山梨学院大にスカウトされる契機の一つになった。

 当時は関東大学リーグ2部ながら、4年時には当時トップリーグ(TL)のコカ・コーラ(福岡市)のゼネラルマネジャー兼総監督だった向井昭吾現監督(58)に勧誘された。「『うちに来たら日本代表になれる』と誘われ、うれしかった」。2014年からプレーしたが、2年目までチームの主力にもなれなかった。

 転機は15年のW杯で日本が南アフリカを破った大金星。「小さいころはサモア代表が夢だったが、日本で過ごすうちに日本代表に引かれた」。16年の新年にはノートの裏表紙に「日本代表になる」と誓いを記した。当時チームと契約していたNZ代表のコーチの下で体づくりからやり直し、心身共に飛躍を遂げた。

 16年11月のアルゼンチン戦で念願の日本代表デビュー。17年には日本国籍を取得し、代表の主力にも定着した。昨季はTL復帰を目指しているコカ・コーラの主将を務めたが、より高いレベルでのプレーを望んで神戸製鋼に移籍。それでも「福岡で暮らせたのは運命だった」と力を込める。

 自身初のW杯では、格上撃破で世界を驚かせたアイルランド戦でWTB福岡堅樹選手(27)=福岡高出身=へのラストパスで日本唯一のトライを演出。高い戦術眼とパス技術、激しいタックルはチームに欠かせない。「福岡のファンのためにも勝つ。昨年6月にサモアに帰ると、生まれた村の人は日本を応援すると言ってくれた」。感謝を胸に全力を尽くす。 (大窪正一)

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