まだ「いだてん」を見ていない

西日本新聞 オピニオン面

 NHKの大河ドラマ「いだてん」の視聴率が振るわないらしい。

 大河ドラマといえば、戦国時代や幕末を舞台にして、歴史上の有名人を大勢登場させるのが定石だ。明治から昭和、東京五輪の招致に尽力した人々に焦点を当てる「いだてん」はやや地味であり、従来の大河ファンがついていかなかった-というのが、不振の原因と分析されている。

 かくいう私も「いだてん」を一度も見ていない。

   ◇    ◇

 実は私は「いだてん」の脚本を書いている宮藤(くどう)官九郎さんの大ファンで、「木更津キャッツアイ」以来、宮藤作品はほとんど見ている。海外赴任中で見られなかった頃は、クアラルンプールの日本書店でシナリオ本を買って読んだほどだ。

 「いだてん」も1話から全部録画してきた。すでに37話、合計約28時間が録画機にたまっており、録画の残り時間を圧迫している。それなのに、どうも見ようという気が起きない。

 なぜか。基本的にはこのドラマが来年の東京五輪という「国策盛り上げ企画」であるからだ。「国策に足並みをそろえる芸術ってどうなのよ」と思ってしまい、気がなえるのである。

 こんな声が聞こえそうだ。「無意味なこだわり」「国策というだけで嫌がる発想自体が古くさいリベラル」-はい、おっしゃる通りです。自覚してます。

 でもなー。

   ◇    ◇

 宮藤さんと並ぶ当代の人気脚本家に三谷幸喜さんがいる。キャリアは三谷さんが随分長い。国策と劇(ドラマ)といえば、思い出すのは三谷さんの「笑(わらい)の大学」という演劇作品だ。同じ題名で映画化もされた。

 時代設定は先の戦争中で、登場人物(舞台版)は劇団の座付き作家と検閲官の2人だけ。劇団公演の脚本を事前にチェックしてあれこれ難癖を付ける検閲官と、それをくぐり抜け上演にこぎ着けたい作家のせめぎ合いが展開される。

 検閲官が「脚本に『お国のために』というせりふを入れろ」と命じれば、作家が「お肉のために」というせりふで笑いを取ろうとするなど、対照的な2人のやりとりが笑いを呼ぶ。

 しかしこの作業は中断する。作家に召集令状が来たのだ。「お国のために死んできますよ」と言う作家に対し、ひそかな共感を抱くようになっていた検閲官は呼び掛ける。「お国のために死ぬなんて口にするな。死んでいいのは-」

 笑いと感動が同時に来る希有(けう)なせりふだ。興味を持たれた読者は映画版DVDで見てほしい。三谷さん究極の名人芸である。

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 さて「いだてん」が37話並んでいる録画リストを前に、私は「見たい」「見たくない」の間で今日も無駄な葛藤を続けている。

 見ていない段階で評するのは本来ルール違反だ。宮藤さんが「笑の大学」の作家のように、「五輪盛り上げ」を逆手にとって面白く仕立てているという話も聞く。「来年、五輪が終わってから見ようか」などと悩みはこじれるばかりだ。

 ひょっとしたら、私と同じ理由で「いだてん」を見ていない視聴者も少しはいるのではなかろうか。視聴率に影響するほどの人数ではないにせよ。

 ああ、今夜もまた「いだてん」がたまる。

 (特別論説委員)

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