中国「一人っ子政策」 悲劇なお 強制不妊抗議今も圧力 4年前撤廃、次は出産奨励 山東省臨沂市ルポ

西日本新聞 国際面 川原田 健雄

10年余り前まで強制的な中絶や不妊手術が相次いだ山東省臨沂市の集落。今はのどかな雰囲気が漂う 拡大

10年余り前まで強制的な中絶や不妊手術が相次いだ山東省臨沂市の集落。今はのどかな雰囲気が漂う

被害者の家を訪ねても「知らない」と素っ気なかった=山東省臨沂市 中国の人口と出生率 臨沂市地図

 産児制限で人口を抑制する中国の「一人っ子政策」は、2015年末に撤廃されるまで数々の悲劇を生み出した。その一つが山東省臨沂市で相次いだ強制的な中絶・不妊手術だ。出生数を抑えるため、地元政府が多くの女性を自宅から連れ去り、意に沿わない手術を強いた。人権無視の措置は10年余り前まで続いたとされ、今も関係者の心に深い傷跡を残している。

 臨沂市中心部から車で約1時間。トウモロコシ畑が広がる農村地帯に小さな集落が現れた。かつて強制中絶・不妊手術が横行した村だ。

 「もう終わった話だよ。今更何を話せと言うんだ」。集落の外れで家族と暮らす40代の胡さん=仮名=は伏し目がちにつぶやいた。地元関係者によると、胡さんは2005年のある夜、自宅を離れた隙に妻が地元当局の関係者に連れ去られ、不妊手術を強制された。怒った胡さんは抗議の声を上げたが、すぐに当局に抑え込まれた。「政府を批判すればまた警察が捕まえに来る。何も話さない方がいいんだ」と声を潜めた。

 「当時は地元政府の関係者が昼夜を問わず集落を回って女性を連行した。夜も安心して眠れず、恐怖感が漂っていた」。臨沂市の農村出身で、この問題を国内外に告発した盲目の人権活動家、陳光誠氏(47)=米国在住=は振り返る。

 陳氏によると、当局者はワゴン車に分乗して市街地や農村を巡回。産児制限をつかさどる計画出産委員会の許可を得ていない妊婦や、既に子どもを産んだ女性を連れ去り、病院に運んだ。ある女性は「手術を受けなくてもいいから、上司に会ってあなたの事情を説明してほしい」と言われ、同行すると強引に承諾書に署名させられ、不妊手術を強制された。

 妊娠後期の女性でも薬を投与され、強制的に死産させられた。当局から逃げようと女性たちが夜間、田畑に隠れるようになると、今度は夫や親族のほか、近隣住民までが連行され「学習班」と呼ばれる部屋で罵声や暴力を受けた。「住民同士を互いに殴らせ、憎しみ合うよう仕向けることもあった」(陳氏)。拘束した住民には「学習費」として1晩当たり100元の罰金を科し、金銭面でも追い込んだ。

 息子夫婦が逃げた60代の男性教師は、近隣住民から「なぜ私たちがひどい目に遭わなきゃいけないのか」と激しくなじられ、農薬を飲んで自殺した。長年の不妊治療でようやく子宝に恵まれたにもかかわらず、無理やり中絶させられ、自殺した女性もいたという。

 05年6月に陳氏と現地調査に入った人権派弁護士によると、2日間で30人超の女性や親族が被害を証言した。正確な実態は不明だが、陳氏は「05年2~8月に約13万人の女性が手術を強制された」と推測する。

   ◇   ◇

 中国では1979年に「一人っ子政策」が始まって以降、産児制限を推進するため地方政府ごとに計画出産委員会を設置。各委員会は出生数の抑制などを強く求められた。

 人口約1千万人の臨沂市は人口規模でみると中国有数の大都市だ。当時の地方政府は経済政策などでいくら成果を上げても、産児制限を実行できなければ中央から高い評価は得られなかったとされる。陳氏は「臨沂市の幹部が自身の昇進のため、強引に産児制限のノルマを達成しようとした」と指摘する。

 05年夏に陳氏らの告発が海外メディアで取り上げられ、強制中絶・不妊手術は減ったが、「住民の証言から少なくとも08年ごろまでは続いた」と陳氏はみる。強制措置に関わった当局者は罪に問われず、被害者への謝罪もないままだ。

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 抗議の声を上げた胡さんへの圧力は10年以上たった今も続く。当局から危険人物とみなされ、目をつけられたくない周辺住民は胡さんを無視し続けている。携帯電話には今も「お前がいると迷惑だ。早く出て行け」と嫌がらせの電話がかかる。

 胡さんは自分の留守中に妻が連れ去られたため、家族を残して出稼ぎに出ることもできずにいる。自宅で飼ったウサギを売るなどして、何とか家族4人の生計を立てている。「当時は若かったから怒りが先に立ったけど、今は何も話さず、何も考えずに暮らすしかない」と絞り出した。

 当時、実態調査に入った人権派弁護士は「リーダーを孤立させるのが中国政府のやり方だ。再び抗議活動が起きないよう見せしめにしている」と憤る。陳氏も問題を告発した後、当局から自宅軟禁などの弾圧を受け、米国に逃れた。

 一人っ子政策が撤廃された16年以降、中国では2人目の出産が全面的に認められるようになった。それでも養育費の高騰などで少子化傾向に歯止めがかからず、現在の「二人っ子政策」もいずれ撤廃されるとの見方が根強い。

 不妊手術を強制しておきながら、今度は出産奨励。当局の対応はあまりに身勝手では-。そう問いかけると胡さんは力なく笑った。「農村には年配者の決定に従うべきだという言葉がある。私も政府の言うことを聞くだけだ」

 政府方針に振り回される中国の庶民たち。「産児制限は生命を尊重しない反人類的な政策だ。社会に与えた負の影響は取り返しのつかないほど深刻で、大きい」。陳氏は深いため息を漏らした。

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