2019年度西日本文化賞受賞者決定   

西日本新聞

藤木幸夫さん 九州大名誉教授 拡大

藤木幸夫さん 九州大名誉教授

 西日本新聞社が地域の文化向上や発展に貢献した個人・団体に贈る西日本文化賞の第78回(2019年度)の受賞者が決まった。

 学術文化部門は、九州大名誉教授の藤木幸夫さん。社会文化部門は、志学館大教授で鹿児島県立図書館長の原口泉さん。

 また、新設の奨励賞のうち、学術文化部門は、九州大応用力学研究所教授の竹村俊彦さん。社会文化部門は、画家の田中千智さん。いずれも、研究や芸術の世界で輝かしい功績を挙げ、地域にも光を与えてきた。

 西日本文化賞は、西日本新聞社の前身である福岡日日新聞社が紙齢(新聞の発行号数)2万号に達したことを記念して1940年に創設した。受賞者・団体は今回分を含めて378となる。

【学術文化部門】

 ●生命の「なぜ」答え求めて 藤木 幸夫さん(71) 九州大名誉教授

 緑豊かな福岡県宇美町で育ち、昆虫採集や魚釣りに明け暮れる少年だった。やがて生命の謎に興味を抱き九州大農学部の門をたたくと、生物を形作るタンパク質の研究へと歩みを進めた。

 人生が大きく動いたのは生化学や細胞生物学の先進地、米国。コーネル大へ留学し、1979年からロックフェラー大で、細胞内の小器官の一つ、ペルオキシソームの研究を始めた。何人ものノーベル賞学者が研究室を構える大学は刺激的で、研究にのめり込んだ。

 「この分野はうそがつけない。努力しなければ結果が付いてきません。充実感が得られるフェアな世界」

 なぜ、という問いにはやっぱり答えが欲しい。それを得るには研究しかない。「自分の時間を全て研究に注ぐこともできるんです」

 没頭し、36時間かかる実験を週に3回したこともある。新しい発見があれば「逆立ちを何度もしたくなる」ほど興奮するが、世界中の研究者がしのぎを削る分野。「うれしいのは一晩だけ。翌日から新しい事を始めなければ」

 ノーベル賞受賞者の大隅良典さんや歌人でもある永田和宏さんら、生化学や細胞生物学の研究者仲間とつくった「七人の侍」の交流は有名だ。「お互い尊敬し合っています」。集まればいつまでも酒を酌み交わし、研究談議に花を咲かせる。 (藤原賢吾)

 ▼推薦者は大隅良典 東京工業大栄誉教授

 ふじき・ゆきお 1948年生まれ。福岡県出身。九州大大学院博士課程修了。米コーネル大博士研究員、米ロックフェラー大助教授などを経て94年に九州大教授。現在は九州大レオロジー機能食品研究所共同研究プロジェクト・研究代表。

【社会文化部門】

 ●薩摩藩の歴史世界へ発信 原口泉さん(72) 志学館大教授 鹿児島県立図書館長 

 「ローカルをグローバルに」。そう信じ、実践してきた。薩摩藩を中心とした近世・近代史研究に取り組むと同時に、その発信に力を注いできた。

 西郷隆盛の生誕地に近い鹿児島市中心部で生まれた。父親は薩摩藩の研究をした故虎雄さん。古文書を謄写する背中を見て、自然と学者の道を志した。

 東京大に進学。同大学院では史料編纂(へんさん)所で島津家文書の目録づくりに関わり「ずっと東大に残る」と考えていた。しかし、博士課程の時、打診されたポストは鹿児島大助手。「なんでぼくだけって思いましたよ」

 失意の帰郷は新たな一歩になった。「中央の基準でなく地方の歴史を丹念に掘り起こしたい」。東京の学会に通う同僚がいる中、「同じ旅費がかかるならと奄美に行ってました」と笑う。歴史を紹介する地元テレビ番組に出演し、優しい語り口で人気を集めた。NHK大河ドラマ「翔(と)ぶが如く」「西郷(せご)どん」などで時代考証を担当し、近年の西郷ブームを支えた。今では講演で海外にも出向く。

 一番好きなのは西郷?ではなく島津斉彬の名を挙げる。「先を見る目があったから」。鹿児島県立図書館はその斉彬もいた鶴丸城二之丸跡に立つ。「常に異文化と接触し、文化を相対的に見られる。九州の歴史はおもしろい」。これからも足元の歴史に光を当て続ける。 (小川祥平)

 ▼推薦者は松岡達郎 志学館大学長

 はらぐち・いずみ 1947年生まれ。鹿児島県出身。東京大大学院博士課程単位取得中退。79年鹿児島大法文学部助手、98年鹿児島大教授。2011年志学館大教授。12年から鹿児島県立図書館長も兼務。鹿児島大名誉教授。

【奨励賞】

 ●黄砂、PM2.5予測その先へ 竹村俊彦さん(45) 九州大応用力学研究所教授

 大気中にある微粒子の地球規模での分布状況を、詳細に再現・予測する数値モデル「SPRINTARS(スプリンターズ)」を開発。世界に先駆けた研究成果で、大気中にある主な微粒子の動きや変化などをすべて同時に予測できることが高く評価されてきた。

 健康影響から注目が高まっている黄砂やPM2・5の濃度を、スプリンターズを使って予測し、毎日ホームページで公開している。これに基づく予測を本紙なども掲載しており、研究成果は私たちの暮らしに役立っている。

 「環境保全のため、気候変動と大気汚染を同時に解決していく重要性を科学的に示していきたい」

 集中豪雨や猛暑などの気候変動には、温室効果ガスの他に、大気中の微粒子が影響している。スプリンターズは、本来その解明のために開発してきた。微粒子の量が、降水量や気温とどのような関係にあるのかを解明するために、さらに研究を進めていく。

 子どもの頃は星を見るのが好きで、天文の道を志して大学に入学。だが「より社会に貢献したいと思い、天文学よりも地球に近い気象学を選びました」。

 趣味は天体観測のほかにジョギング。フルマラソンの完走経験があり、体を動かしながら、新しいアイデアが浮かぶこともあるという。 (坂本沙智)

 ▼推薦者は久保千春 九州大学長

 たけむら・としひこ 1974年生まれ。三重県出身。97年東北大理学部宇宙地球物理学科卒。2001年に東京大大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。06年九州大応用力学研究所准教授、14年から現職。

【奨励賞】

 ●苦悩と覚悟が生む「黒い絵」 田中千智さん(39) 画家 

 落ち着いた口調と柔和な笑顔。穏やかな雰囲気の奥底に潜んでいるのは覚悟の強さだ。こんなひと言からもうかがえる。「貸し画廊を借りて展覧会はやらないと決めて守ってきました」。東京の大学を卒業した翌年の2006年から、福岡市を拠点に絵を描き続ける。公募展やアートイベントで認められ、人に求められる画家を目指してきた。

 自分の代名詞となる画風を模索した。背景で悩んだ。「黒い絵」と呼ぶ作風にたどり着いたのは08年。描かないという表現を選んだ。アクリル絵の具で黒く塗りつぶした画面に、艶のある油彩できらめく人物を描いた。個展で発表すると、これが売れた。「絵って売れるんだと驚いた」。展覧会や本の装丁の仕事につながった。覚悟が道を開いた。

 今年創設された奨励賞初の受賞者になった。過去にも初開催の公募展に入賞するなど「初めて」に縁がある。「1回目キラーなんです」と笑顔を浮かべる。

 福岡に戻った頃は将来像を描けずにいた。励みは国内外で活躍する同世代の美術家たちの存在だった。「彼らのおかげで目指す道のりがイメージできた。自分もそうでありたい」と語る。17年に長男を出産し、今月中には第2子を出産予定だ。これからも育児と制作の両立の模索が続く。その姿は、後に続く若者の道を照らす。 (佐々木直樹)

 ▼推薦者は川浪千鶴・インディペンデントキュレーター

 たなか・ちさと 1980年生まれ。福岡県出身。多摩美術大卒。2006年から福岡を拠点に絵画の制作を続ける。黒一面の背景に艶のある油彩で主題を描く独特の画風が高く評価され、展覧会のほか書籍の表紙絵も多く手掛ける。

        ◇        ◇

 ●来月3日贈呈式 参加者を募集 永田和宏氏が記念講演

 第78回西日本文化賞贈呈式は11月3日(日・祝)午後1時から、天神スカイホール(福岡市中央区天神1の4の1)で。歌人で細胞生物学者の永田和宏氏が記念講演し、受賞者4氏がスピーチをする。参加無料。

 記念講演で永田氏は、高校と大学の勉強の違い、研究にとって最も大切なこと、研究仲間で今回本賞を受賞する藤木幸夫氏やノーベル医学生理学賞の大隅良典氏ら“七人の侍”のことなどを話す。

 参加希望者は、はがきに住所、氏名、年齢、電話番号を記入し、「〒810-0001 福岡市中央区天神1の4の1、西日本新聞イベントサービス内「西日本文化賞」係へ。メール= bunkasho-oubo@nishinippon-event.co.jp =も可。21日必着。当日は午後0時半に開場。問い合わせは同係=092(711)5491(平日午前9時半~午後5時半)。

 ながた・かずひろ 歌人、京都産業大タンパク質動態研究所長、京都大名誉教授。1947年、滋賀県生まれ。歌集「風位」で芸術選奨文部科学大臣賞、迢空賞。亡くなった夫人・河野裕子さんと夫婦ともに宮中歌会始選者。タンパク質研究で日本人初のハンス・ノイラート科学賞受賞。著書に「タンパク質の一生」「生命の内と外」など。

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