強制収容所という極限状況に置かれた人間たちの生と死と、そして愛の物語

西日本新聞

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『アウシュヴィッツのタトゥー係』 ヘザー・モリス 著

 『アンネの日記』をはじめとしてナチスによるユダヤ人迫害を扱った文学作品は枚挙にいとまがない。今回、その名作群の中に新たな1冊が加わることになった。51の国や地域で読まれ、全世界での発行部数が300万を超えているという注目の本書である。

 物語は主人公であるユダヤ人の男・ラリとその恋人・ギタを軸に展開するラブストーリーだ。とはいえ舞台となるのは強制収容所であり、ラリに与えられていたのはタトゥー係という役割だ。このタトゥー係、聞き慣れない役割なのだがまさしく収容所だからこその仕事である。ナチスの手によって次々と収容されてくるユダヤ人たち、つまりラリと同じ信仰を持つ同胞たちに収容者番号を彫りつける役割である。収容者番号のタトゥーが彫り込まれると、それ以降は人間としての名前を失い一個の物のごとく被収容者は番号で呼ばれるようになる。本当の命が奪われる前に、タトゥー係によって被収容者は生まれた時から持ってきた生の証を奪われる。

 こうした役割を得たラリは、タトゥー係としての特権を得て、被収容者である同胞の大量死に直面しつつも収容所の中でしたたかに生き延びていく。列をなす被収容者の腕にタトゥーを入れていく作業の中で、ラリはギタに出会う。そして、この地獄を生き延びて結婚することを誓い合うのである。しかし、考えてみるまでもなくラリが多くの同胞の死と引き替えに生き延びていくには、さまざまな葛藤があった。そして戦後、強制収容所から生還したラリとギタは故郷であるスロバキアで、まさしく偶然と言ってもよい奇跡的な再会を果たす。その後の二人の生活は決して平穏なものではなかった。本書はドキュメンタリーではないが、完全なノンフィクションでもない。実在のタトゥー係から著者が得た証言をもとにして著されている。短い文体で綴られる淡々とした語り口は、あっさりとしているようでいて、かえって読者の想像力を刺激する名訳だ。生と死、狂気、そして愛。人間は極限状況の中で、何を考え、何を頼りに生きるのか。全世界的に社会の分断が進み人種、民族をめぐる差別の問題が湧き上がってきている今だからこそ、しっかりと読まれるべき物語である。

 

出版社:双葉社
書名:アウシュヴィッツのタトゥー係
著者名:ヘザー・モリス
定価(税込):1,870円
税別価格:1,700円
リンク先:https://www.futabasha.co.jp/introduction/2019/TOA/index.html

西日本新聞 読書案内編集部

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