電池開発に延岡“一役” ノーベル化学賞・吉野さん 素材提供、安全実験も

西日本新聞 社会面 佐伯 浩之 古川 剛光 金沢 皓介

ノーベル化学賞の受賞が決まり、記者会見で笑顔を見せる吉野彰氏=9日午後7時50分ごろ、東京都千代田区 拡大

ノーベル化学賞の受賞が決まり、記者会見で笑顔を見せる吉野彰氏=9日午後7時50分ごろ、東京都千代田区

 ノーベル化学賞の受賞が決まった吉野彰さん(71)は、旭化成の研究者だった1985年にリチウムイオン電池の基本構造を完成させた。同社発祥の地である宮崎県延岡市で手掛けてきた繊維、化薬事業が研究を陰で支えたことが、著書「リチウムイオン電池が未来を拓(ひら)く」(2016年、シーエムシー出版)で明かされている。

 電池は、正極と負極にどんな素材を用いるかで性能が大きく左右される。吉野さんは正極にコバルト酸リチウム(LiCoO2)、負極に特殊な炭素素材(カーボン)を用いることで小型化と軽量化を実現した。

 研究過程で、多くの炭素素材を試したがうまくいかない。行き詰まっていた時に出合ったのが、延岡市にあった旭化成の繊維関連の研究所による「奇抜な研究」。「気相成長法炭素繊維(VGCF)」のサンプルだった。試したところ非常に電池特性が良かった。試作した電池を初めて充電したのが85年の年明け。「カーボン/LiCoO2というリチウムイオン電池が誕生した」瞬間だった。

 電池の実用化には安全性の確認が不可欠。当時勤務していた川崎市の研究所に近い多摩川河川敷では無理だった「何が起こっても絶対大丈夫な実験現場」を探し、たどり着いたのが延岡だった。化薬事業の関連で、そこにはダイナマイトの試験場があった。

 ライフル弾を貫通させたり、鉄の塊を落としたりする実験で電池の安全性を確かめた。「延岡市のはずれで、リチウムイオン電池が世に出られるかどうかを決める、さらには私の人生を左右する大事な実験が人知れず行われていたのである」。三十数年前の出来事を吉野氏は感謝を込めて記している。

 ノーベル賞に輝いた研究成果に一役買った「延岡」。読谷山(よみやま)洋司延岡市長は「吉野博士の背中を見て、延岡の子どもたちの中から化学者が多く生まれ、『第二の吉野博士』が誕生することを期待しています」。旭化成延岡支社の濱井研史支社長も「受賞は旭化成社員の誇りであり、研究者にとって大いに励み。私たちの生活の向上や地球環境保護に、さらに大きく貢献してくれると期待している」とコメントした。(佐伯浩之、古川剛光、金沢皓介)

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