「延岡の実験」原点に 吉野氏ノーベル賞 「まさか、まさか」声弾ませ (2ページ目)

西日本新聞 社会面 古川 幸太郎 森井 徹

旭化成の社員から花束を受け取り、ノーベル化学賞の受賞決定を喜ぶ吉野彰氏=9日午後7時25分ごろ、東京都千代田区(撮影・中野雄策) 拡大

旭化成の社員から花束を受け取り、ノーベル化学賞の受賞決定を喜ぶ吉野彰氏=9日午後7時25分ごろ、東京都千代田区(撮影・中野雄策)

 原点となったのは、宮崎県延岡市での実験だった。「最大のポイントだった。あの実験がなければ前に進むことはできなかった」。だが、商品が社会に求められたのは1990年代のIT革命の後。売れなかった数年間は「真綿で首を絞められるようだった」と苦難を振り返った。

 出身は大阪府吹田市。化学との出合いは小学3年生の頃。「化学は物が化ける学問だ」。担任の言葉が好奇心に火を付けた。京都大大学院修了後、大学には残らず72年に旭化成に入社した。産業界に進んだのは「今まで誰も考えていないものを世に出したかったから」だったという。

 研究者としての心構えを聞かれると「頭の柔らかさと、正反対の執着心、しつこく諦めない気持ち。この剛と柔のバランスが大事だ」と力を込め、こうも付け加えた。「大きな壁にぶちあたったときでもまあ何とかなるわ」。楽観的な一面ものぞかせた。最近まで携帯電話は持っていなかったといい「間違いなく電池は役に立ったが、私自身は実感したことがなかった」とおどけた。

 興味の対象は化学にとどまらず、歴史からスポーツまで幅広い。「歴史の流れを読み解くと、その先の未来が見えてくる。歴史学は研究にとって面白いツールだ」。未来の社会については「電池だけでは見えてこない。ロボットなど次の時代の大きな技術革新を組み込みながら新しいものを作っていきたい。それが地球環境に優しい社会の姿だ」と展望した。

 探求心が尽きない“研究の虫”だ。「リチウム電池の本当の姿は謎だらけ。私自身がまだまだワクワクしている」。屈託のない笑みをはじけさせた。(古川幸太郎、森井徹)

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