若年性乳がん 「一人じゃないよ」発信 10月はピンクリボン月間 「仲間見つけ悩みを共有」「きっと笑える日が来る」

西日本新聞 新西 ましほ

 10月は乳がん検診などを呼び掛ける「ピンクリボン月間」。乳がんは女性の11人に1人が経験するとされ、比較的若い世代に多いのが特徴だ。若くしてがんを経験すると、仕事や結婚、妊娠など多様な悩みに直面する。若年性乳がんの患者支援団体「ピンクリング」(本部・東京)は、当事者たちの生き生きとした写真を発信することで、啓発に取り組んでいる。

 9月、撮影会「サバイバーズフォト」が東京で開かれた。9人が数字のプレートを手に、Tシャツとジーンズ姿でほほ笑む。数字は、がんを患っていることが分かった年齢だ。撮影会はがん経験を価値に変え、自分らしく生きる姿を伝えようと、同団体が定期的に行っている。ヘアメークは資生堂が無償協力し、プロカメラマンが撮影する。
 ピンクリング代表の御舩(みふね)美絵さん(40)は「同世代の患者が出会う機会は少なく、悩みを抱えて孤立している人も多い。全国の患者に『一人じゃないよ』と伝え、社会のがんに対する誤解や偏見もなくしていきたい」と話す。各地で「おしゃべり会」も開催しており、11月2日には長崎市で開く。ホームページ=http://www.pinkring.info

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 撮影会に参加した3人に、体験や今の思いについて聞いた。

 ★ピンクリング代表 御舩美絵さん

 乳がんと診断されたのは31歳のとき。結婚式を2週間後に控え、明るい未来を描いていたのに、人生のシャッターを突然下ろされた気持ちでした。最も気になったのが、子どもを産めるのかということ。主治医には抗がん剤で閉経するリスクがあると言われました。

 私の意思を尊重し二つの提案がありました。遺伝子検査で抗がん剤の有効性を調べることと、治療前に受精卵を凍結保存すること。保険が効かず高額な費用がかかりましたが、やりました。検査の結果、抗がん剤治療はせず、5年間ホルモン治療を受けることに。治療を終え、昨年10月に女の子を授かりました。9年前、今の自分の姿は全く想像できませんでした。

 当時は広島在住で、他の人がどんな治療法を選び、その後どう生きているか知りたかったけれど、同世代の仲間に出会えず孤独でした。東京への転居を機にピンクリングに参加し、救われました。一人で悩む人がいなくなるように、全国に支部を広げたいです。

 ★西日本支部メンバー 田中めぐみさん(26)

 熊本市で理学療法士をしています。24歳で乳がんと告知されました。友人や両親には心配をかけたくないから弱音を吐けない。ツイッターで仲間を見つけ、悩みや情報を共有しました。下着やウイッグの選び方、メーク方法などの情報は病院では得られず、仲間がいるのは心強かったです。

 一番悩んだのは仕事のこと。周囲からは「無理して続けなくてもいい」「若いんだから再就職できる」と言われましたが、やめたくなかった。抗がん剤治療中も週1回通院しながら仕事を続けました。

 体力的にきつい時期もありましたが、職場の理解や支えがあり乗り切れました。私の場合、好きな仕事を続けられたことが励みや自信になりました。仕事をやめて後悔している人も少なくありません。続ける道もあると知ってほしいです。

 ★元SKE48・タレント 矢方美紀さん(27)=大分県玖珠町出身

 昨年4月に乳がんの治療中と公表しました。医療関係者、支援してくれる人、同じ病気の仲間…。「おかえり」と言ってくれる場所が増えたことが、大きな心の支えになりました。悩んだ末の決断でしたが、公表して良かったです。

 左乳房全摘手術、抗がん剤、放射線治療を経て、現在はホルモン療法で再発を抑えています。悲しいのが「かわいそう」と言われること。自分には関係ないと思わず、ぜひ乳がんのセルフチェックをしてほしい。

 卵子の凍結保存をするか悩みましたが、治療や手術が延びてしまう不安が大きくやめました。医師から治療後に妊娠できる可能性がゼロではない、と言われたのが一番の理由ですが、子どもがいない夫婦もいるし養子という方法もある。私はどんな選択でも幸せになれると思っています。

 声優を目指してレッスンを続けてきて、2021年放送予定のアニメへ出演が決まりました。病気になって絶望している人、「なぜ私だけが」と落ち込んでいる人も、きっと笑える日が来ると信じてほしいです。

 (新西ましほ)

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