政争ではなく人権問題 吉田 賢治

西日本新聞 オピニオン面 吉田 賢治

 福岡県みやま市は政争の激しい町である。発端は12年前の市を二分した市長選にさかのぼる。議会は今も割れ、議長ポストを巡り議員は対立する。市民の関心も高く、本会議の傍聴席は立ち見が出るほど。気にくわない議員にやじを飛ばし、その議員が傍聴席に声を上げる光景は異様だ。

  政策論議や政治浄化が目的ならば、政争は全て悪ではないと思う。ただ、今は一つ心配している点がある。松嶋盛人市長が差別的な表現を含む文書を作成し、職員研修で配布していた問題だ。ある議員の一般質問で明るみに出たことから、単に「権力闘争の一環」と市民や関係者が捉えていないだろうか。

  文書は、米国の家系調査とされる古い文献を引用し「怠惰な無頼漢の家系は、6代を経る中で約1200人の怠け者、貧窮、精神や肉体を病む者、犯罪者の存在があった」などと差別的内容を記していた。市長は指摘を受けて「差別の意図はなく思慮が足りなかった」とすぐに謝罪した。

  今月3日、全国の障害のある地方議員らの団体メンバーが市長と面会した。糾弾ではなく、市の人権啓発に生かしてもらうため、文書作成時の心の内を教えてほしいと迫った。しかし市長は謝罪の言葉を繰り返すだけで、かみ合わなかった。車椅子の熊本市議、村上博さんは学生時代に受けた障害者差別の生々しい体験を明かしたが「市長には届かなかった」と唇をかんだ。

  一般質問から3週間を経ているのに、市に抗議したのはこの団体が初めてだった。驚いた福岡県久留米市議の藤林詠子さんは「市民の声が少ないということなら、人権教育や啓発がうまくいっていないと危機意識を持つべきだ」と指摘した。その背景に、問題を「政争絡み」と捉える意識が広がっていることがあるとすれば残念でならない。

  行政が、なぜ人権教育をするべきか。人権問題に関わってきた元教師は語る。「障害者や被差別部落出身者など社会的少数者や弱者を救うのに必要なのは、お金や制度といった福祉施策だけではない。その人の話に耳を傾け、気持ちをくみ取ることによって本質的な解決に至るケースを何度も見てきた。周囲がその人を理解することが人権尊重であり、そうした社会をつくるのが行政の役目だ」

  市長は今、自ら人権学習に取り組んでいるという。そこでの学びを市政に積極的に生かすことでしか、周囲の理解は得られないのではないか。議会も問題を政争の具とせず、市全体の取り組みに昇華させていくことを願っている。 (大牟田支局長)

PR

PR

注目のテーマ