飛行場の町 平和伝え32年 大刀洗記念館 筑前町営化10年

西日本新聞 社会面 横山 太郎

 福岡県筑前町の大刀洗平和記念館が今月、開館10年を迎えた。東洋一の規模を誇ったとされる旧日本陸軍大刀洗飛行場の歴史を伝えてきた同館のルーツをたどると、32年前に同県朝倉市の渕上宗重さん(87)が開設した私設の平和記念館にさかのぼる。町に引き継がれるまでの間、私財を投じて2千点を超える戦時資料を集めて紹介し、終戦で姿を消した飛行場や散った特攻隊員たち、平和への思いを後世につないできた。町は開館10年と飛行場開場100年を記念した式典を14日に開く。

 開設のきっかけは渕上さんと元特攻隊員との出会い。1974年、カメラ仲間と訪れた鹿児島県知覧町(現南九州市)で、雨宿りに駆け込んだ小屋に特攻隊員ゆかりの品々が並んでいた。軍服を着た若者5、6人が写った1枚の写真。「生き残ったのは僕だけでした」と語った板津忠正さん(故人)が同期生の遺品を集めて展示し、慰霊を続けていた。このとき、知覧の地に大刀洗陸軍飛行学校の分校があったことを知った。

 「なぜ本校があった大刀洗に歴史を語る記念館がないのかと思った。板津さんから『(施設を)作ってやんない、頼むばい』と言われて。約束でした」

 渕上さんは建設会社を営む傍ら、戦時中の無線機や戦闘機のエンジン、軍服などの収集を開始。飛行学校で教育を受けて戦地に飛び立ち、散っていった若者の写真や遺書も集めた。「散逸する前に集めておかなければという一心だった」

 10年ほどたち、甘木鉄道太刀洗駅舎取り壊しの計画が浮上。駅は戦地に向かう兵士と家族が別れを惜しんだ場所だった。「歴史を刻む建物を壊すのはもったいない」と、駅舎を借りて87年4月に私設資料館「大刀洗平和記念館」を開いた。

 96年には博多湾で陸軍九七式戦闘機が発見され、渕上さんは自治体の後押しを受けて機体の引き取りに成功。会社の従業員らとともに約10カ月かけて復元させた。世界で唯一の現存機は記念館の目玉となった。

 その後、地元で公立平和記念館設立の機運が高まり、「公営ならば半永久的に残る」と町に収集品を寄付。2009年10月に現在の記念館が完成した。

 渕上さんが記念館の名称に「平和」を入れたのは、戦争の記憶の風化が進むことへの危機感があった。「平和の重みを後世までずっと伝えていくべきだと思った。現在の平和は戦争による多くの犠牲の上に成り立っていることを、決して忘れないでほしい」 (横山太郎)

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