アグラ(インド) 聖俗隣り合わせの古都

西日本新聞 夕刊 中原 岳

 白亜の優雅な姿を誇る「タージマハル」。ムガール帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーン(1592~1666)が、亡き妻ムムターズ・マハル(?~1631)のために22年かけて建てた墓廟(ぼびょう)だ。インド・イスラム建築の代表作とされ、世界文化遺産に登録されている。「世界一美しい墓」と呼ばれるタージマハルを見ようと、インドの古都アグラをはるばる訪ねた。そこは聖と俗が隣り合わせの混沌(こんとん)とした街だった。

 最寄りのアグラ・カント駅に着くと、男たちが追いかけてきた。三輪タクシー「オートリクシャー」の運転手たちだった。自分の車に乗せようと、大声を出して迫ってくる。押しの強さにへきえきしてしまった。

 6キロほど離れたタージマハル西門まで片道100ルピー(約150円)で行くという運転手がいた。私が日本人だと分かると、「ナカムラ」と名乗る。だが、風貌は明らかにインド人。いぶかしんでいると、メモ帳を私に手渡した。

 「要望があれば、ナカムラさんはきっとかなえてくれます!」「ナカムラさんはナイスガイでした」

 メモ帳にはナカムラさんの評判がぎっしり。日本人客が書き残したものという。「信頼できる運転手」だと訴えたいらしいが、余計に怪しい。

 「1日1200ルピー(約1800円)でどうだ?」とナカムラさん。片道100ルピーの約束では、と戸惑ったが、大した額ではないと割り切り、ナカムラさんにこの日1日の運命を託した。

   ◇    ◇

 雑然とした街を抜け、西門に着いた。チケット売り場で男が近寄ってきた。「公認ガイド」だという。何度断っても強引に案内しようとする。根負けしてガイド料込みの入場料を払った。

 西門には長蛇の列。ガイドは「俺と一緒なら早く入れる」と言う。言葉通り、行列を飛ばして中に入れたが、単に割り込んだだけでは…。他の観光客に対して申し訳ない気持ちになった。

 車の警笛が響く街の騒がしさとは裏腹に、タージマハルの敷地内は静かだった。俗から聖へ、世界が変わった瞬間だった。細部まで豪華な装飾が施された正門をくぐる。暗い通路の延長線上に、高さ67メートルのドームを備えたタージマハルが4本のミナレット(尖塔(せんとう))とともにそびえ立っていた。手前には300メートル四方の庭園と水路が広がり、水面にその白い姿を映した。まぶしくて目を細めた。自称公認ガイドの説明は耳に入らない。

 雲が切れ陽光が差し込んできた。白い大理石や世界各地から取り寄せたという貴石でできたタージマハルは輝きを増し、宇宙の神秘を思わせた。その美しさは、妻をしのぶシャー・ジャハーンの愛の深さそのものだと感じた。

 タージマハルは1653年に完成したが、シャー・ジャハーンは帝位を狙う息子に幽閉され、不遇な晩年を過ごした。その場所が西へ2キロほど離れたアグラ城塞(じょうさい)だ。高さ20メートルの城壁が2・5キロも続き、内部には宮殿が並ぶ。

 テラスに出ると、タージマハルが遠くにたたずんでいた。シャー・ジャハーンは、タージマハルのそばを流れるヤムナー川の対岸に、黒い大理石で自分の墓所を建て、橋でつなぐ計画を思い描いていたと伝わる。年老いた皇帝は死後も妻のそばにいたいと願ったのか。計画は幻に終わったが、自身は今、タージマハルの地下で妻と仲良く眠る。

   ◇    ◇

 ナカムラさんは次に、私を土産物店に案内した。そこには日本語を話す経営者の男性が待ち受けていた。タージマハルと同じ材料で作られた工芸品だという。大理石を彫り、そこに貴石をはめ込んで図柄をデザインする技法は、タージマハルと同様。イスラム教徒が代々受け継いでいると解説した。

 美しい工芸品に見入っていると、男性は「見るだけでいい」と繰り返す。見るだけと心に決めていたのに、笑顔で商品を勧められ、気付くと、クジャクが描かれた皿やカシミヤ製ストールを衝動買いしていた。お値段は合わせて数万円。商売上手な男性の術中にはまってしまった。

 タージマハルの神々しさとは裏腹に、人間の欲やうさんくささが渦巻く街、アグラ。妻への熱愛を貫いた皇帝の嘆きが聞こえてきそうだった。 (中原岳)

 ●メモ

 首都ニューデリーの南約200キロに位置する。日本からニューデリーまでは成田空港から直行便がある。福岡からはクアラルンプールやバンコクで乗り換えるルートもある。ニューデリーからは列車やバスで向かうのが便利。タージマハルは金曜定休。

 ●寄り道=国土の雄大さを体感 ガティマン急行

 ニューデリーから足を延ばしてアグラを訪ねるからには、移動の過程も楽しみたい。おすすめはインド鉄道が誇る「ガティマン急行」の旅。ニューデリーの市街地を抜けると、車窓に緑の平原が広がり、国土の雄大さを体感できる。インドの鉄道は客が列車の屋根に乗るなど危ないイメージがあるが、ガティマン急行は座席を指定でき、ゆったりしていて快適。食事付きで、カレーやナンなどが機内食のようなトレーに載って出てくる。ニューデリー市内の駅を朝、アグラ市内の駅を夕方に出発するダイヤで、所要時間は約1時間40分。利用時の運賃は片道750ルピー(約1140円)だった。

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