被災地思い「満月の夕」 ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬さん

西日本新聞 熊本版 古川 努

 熊本地震から3年半を迎えた14日夜、ロックバンド「ソウル・フラワー・ユニオン」のボーカルで、全国の被災地を巡ってきた中川敬さんの弾き語りライブが熊本市であった。1995年の阪神・淡路大震災の避難所で生まれ、数多くのアーティストに歌い継がれるオリジナルの名曲「満月の夕(ゆうべ)」を力強く、優しく歌い上げた。

 中川さんが神戸市の避難所で初めて行った出前ライブは95年2月10日。演奏後、子どもと夫、家を失った女性が話し掛けてきた。「ずっと泣けんかったのに、あんたの『アリラン』でやっと泣けたって。ニコッと笑って、俺の背中を思いっきりたたくんよ。俺の音楽人生が決まった瞬間やね」

 その3日後も、被災地でたき火を囲んでいた。当時は「次の満月の頃に最大余震が来る」といううわさが広まっていた時期だった。多くの人たちが夜空を見上げ「満月を見るの、怖いなぁ」とつぶやいた。そんな避難所の情景、被災者の胸の内が「満月の夕」の歌詞には込められている。

 ヤサホーヤ たき火を囲む 吐く息の白さが踊る 解き放たれ すべてを笑う 満月の夕

 2日に1カ所ペースで避難所や仮設団地に通い、通算200回以上。11年の東日本大震災、14年の広島土砂災害の地でも「満月の夕」を歌い続けた。「いろんな顔が脳裏に浮かぶ歌やね」。17年4月、益城町の仮設団地の出前ライブで忘れられないのは子どもたちの姿。「小学校低学年の子らがトラメガ(拡声器)で『まあまあ面白いです』って言いながら観客を集めてくれた。あはは」と大きな目を細めた。

 中川さんは14日のライブ後、いまだ7千人以上の被災者が仮住まいを続ける熊本の現状に「まだ、そんなに…。あまり東京や大阪には現状が伝わってこないね」と報道や政治の姿勢に厳しい言葉を投げ掛け、被災地に向けては「またいつか、お会いしましょう。命を大切に、少しでも笑って生きてください」とメッセージを送った。(古川努)

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