旧制福中、同窓会500回 最後の卒業生、卒寿祝う 半世紀超え固い絆

西日本新聞 ふくおか都市圏版 手嶋 秀剛

 56年前から1年のうち夏の3カ月を除いて毎月、同窓会を開いてきた旧制福岡中学校(現福岡高)最後の卒業生(福中26回生)たちが90歳を迎え、今月、卒寿を祝い合った。これまでに開いた同窓会はおよそ500回。思春期に戦争を体験し、苦楽をともにすることで培われた絆は、半世紀を超えてもなお固く結ばれている。

 福中26回生272人が入学したのは、太平洋戦争開戦から数カ月後の1942年4月。日本軍が勝利を重ねていた頃で、まだ英語の授業も行われていたという。だが、戦局は次第に悪化。その後、授業自体がなくなり、43年から終戦までは勤労動員と軍事教練の日々が続いた。工場に動員され、軍用機の補助翼や手りゅう弾などを製造し、席田(むしろだ)飛行場(現福岡空港)の建設作業にも駆り出された。

 大戦末期の福岡大空襲(45年6月)では、同級生2人が犠牲になった。当時の軍事教練は本土決戦に備え、敵戦車に見立てたリヤカーを目がけ模擬爆弾を抱えたわが身をなげうつ訓練だった。在学中に予科練(海軍甲種飛行予科練習生)に志願した中村靖さん(90)は、「国のために死ぬことをみんながたたき込まれた時代だった」と振り返る。

 卒業は終戦直後。同級生の多くが大学などに進学し、社会に出て昭和の高度成長を支えた。初めて同窓会「ふところ会」を開いたのは終戦から約18年が過ぎた63年11月。33、34歳の頃で、約40人が集まった。

 以来56年間、福岡中学・高校合同の同窓会総会がある6月、同級生の多くが参加する博多祇園山笠期間中の7月、盆で多忙な8月を除いて、毎月第2土曜日に欠かさず同級生たちで集まった。定年後も毎回20~40人が出席し、中学時代の戦争体験を語り合った。

 入学50周年を迎えた91年には記念誌を発刊し、70人余が寄稿。88歳の米寿は2017年に15人で祝った。卒寿の同窓会を開いたのは今月12日。出席者は9人になったが、幹事の高椋茂登さん(90)は「昭和、平成をともに生き抜いてきた“戦友”たちです」。

 70年から、ほぼ皆勤の高田恒太郎さん(90)は「卒寿祝いが最後と思って来たけれど、元気なうちは出席したい」と話していた。 (手嶋秀剛)

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