【評伝】坂本フジエさん、94歳で死去 「苦しみ、わが事として」

西日本新聞 社会面 河野 潤一郎

 13日に94歳で亡くなった水俣病互助会副会長の坂本フジエさんは大切な教訓を伝えてくれた。次女しのぶさん(63)をはじめ、胎児性患者たちの先行きを思いながら旅立った。

 「自分の家族が水俣病患者だったらと思って対応してほしい」。2013年8月初旬、水俣支局に着任して最初の取材で、坂本さんは原因企業チッソとの交渉の場で幹部に伝えた。力強い口調だが、淡々と丁寧に語る姿が印象的だった。加害責任が確定している環境省の官僚や熊本県幹部が水俣を訪れた際も必ず、同じ言葉を突き付けた。

 水俣病に限らず、人の命や尊厳を傷つけられたら誰しも願う当然のことだろう。「苦しみをわが事として考えて」と繰り返さないといけない社会への憤りを持ち続けた。

 「真由美はお利口じゃった。生きとったらなあ」。水俣病の症状が出てわずか4歳で命を奪われた長女真由美さんを思い続け、歩行が困難になっていくしのぶさんのことをいつも心配していた。親の世代が相次いで亡くなり、高齢化する胎児性患者たちの将来を誰よりも案じていた。

 勝訴した水俣病第1次訴訟原告として、闘争を全面的に支援した水俣病市民会議の日吉フミコ会長(18年、103歳で死去)を先生と慕った。泉下でこれからの闘争について語り合っていることだろう。 (元水俣支局長・河野潤一郎)

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