平野啓一郎 「本心」 連載第39回 第三章 再会

西日本新聞 文化面

「いえ、直接には。ただ、名前は母から聞いています。」

「かなり親しくされていたようです。」

「――そうみたいですね。……」

「彼女にも、VF(ヴァーチャル・フィギュア)の学習に参加してもらえれば、石川様との会話も、深みが増すと思います。」

 僕は、その意味するところを確認するように彼女の目を見ながら、曖昧に頷(うなず)いた。

「こちらは、十四年前のお母様の人格グラフですね。この頃は、少し複雑ですが。」

「その時期は、色々な会社に派遣されて働いてましたので。」

「ええ、そうみたいですね。とにかく、……こんな風に、お母様の過去三十年間が帯状に示されていますので、ご興味のある年代を選んでいただければ、その断面が表示されて、その時の人格の構成が見られるようになっています。金太郎飴(あめ)みたいなものですが、ただし、断面がすべて違う金太郎飴です。」

「……なるほど。」

「三好さんだけではなくて、お母様と親しい関係にあった皆さんに学習を手伝ってもらえれば、一層本物に近づきます。友人から聞いた意外な面白い話などを話せるようになりますので。お母様のご関心のあったニュースを日々学習させるには、別途、料金が発生しますが、それを申し込んでいただけると、石川様との話題の共有もスムーズになります。ほとんどの皆様が購入されるオプションで、お勧めしますが、どうされますか? 一つのニュース・ジャンルにつき、月額三百円です。」

 そういうビジネスなのか、と僕は今更のように納得した。<母>をより本物に近づけるためのオプションが増えるほど、追加課金される仕組みだった。

 僕はひとまず、一般的なニュースと、旅行関係の情報だけを購入することにした。セット割引も提案されたが、意図的なのだろうかと疑いたくなるほど複雑で、話の途中で理解しようとする気力をなくした。

 

 野崎は、支払の手続きまでを済ませると、段階的に、もう打ち解けたといった口調で、

「石川さんは、ご自身の“余命管理”はされてます?」

「もちろん、……ええ。仕事柄、保険に入る必要があるので。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化され、11月1日に公開予定。

マチネの終わりにの公式サイト

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