「洪水はわが亡き後に」 上別府 保慶

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 フランス革命といえば、漫画好きには池田理代子さん(71)の「ベルサイユのばら」が思い浮かぶはず。民を顧みない王侯貴族の政治に怒りが募り、自由と平等を求める革命へと発展していくさまを描いた。男の子でも姉や妹の影響で読んだ人は多かった。

 池田さんは東京教育大(今の筑波大)に在籍していた時、女性の勉学に理解がない父親から仕送りを絶たれ、自活のために漫画を描き始めた。1972年から「週刊マーガレット」に連載した「ベルばら」は、安い麩(ふ)を買って食いつないだ暮らしと、学生運動の体験が下地にあるという。

 そんなフランス革命について近年の研究は、当時の気候変動が深刻な食糧難を引き起こした結果という、もう一つの背景を解き明かしている。

 「天気が変えた世界の歴史」(宮崎正勝監修、祥伝社)によると、異常気象は1783年、アイスランドのラキ火山の噴火から始まった。噴煙が太陽光を遮り、寒冷な気候が3年間も続いて、欧州西部の農業は大打撃を受けた。

 寒さは87年に収まったかに見えたが、88年は春先の干ばつの後、夏には大量のひょうが降るというありさまで、パンの原料の小麦は大凶作となった。食糧難はフランス各地に暴動を広げたにもかかわらず、政治は放漫財政による赤字を補うため、農作物を輸出に回す愚を重ねた。

 バスティーユ牢獄(ろうごく)が襲撃された89年7月14日は、パンの値段が最も高くなった日だったという。これが革命の発火点となり、ルイ16世と王妃マリー・アントワネットは断頭台の露と消えることになる。

 ルイ16世は温和な人物で、庶民の心情には一定の理解があったようだが、先王の祖父ルイ15世がいけなかった。ポンパドゥール夫人ら美しい愛人に囲まれ、国政をまるで顧みずに、つけを孫に回した。

 ルイ15世の有名な言葉に「わが亡き後に洪水よ来たれ」がある。自分の死んだ後は、野となれ山となれの意味だ。

 もともとは戦争に敗れてルイ15世が気落ちした時に、ポンパドゥール夫人が慰めのために口にした言葉だが、ルイ15世はすっかり気に入って繰り返し使った。既に革命の予兆はあったが、ルイ15世は「余の目の黒いうちは今の状態が続くのだ」とうそぶいた。

 今、異常な気象が続き、地球温暖化に対する不安が募っている。その先頭に16歳の少女グレタ・トゥンベリさんが立ち、腰を上げようとしない世界の政治家たちを「大人は無責任」と非難する。その嘆きは「ベルばら」が描いた時代のさまと、重なって見える。

 (編集委員)

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