平野啓一郎 「本心」 連載第40回 第三章 再会

西日本新聞 文化面

「何で管理されてます? <ライフプラン>とかですか?」
「そうです、<ライフプラン>です。」
「あのアプリケーションと、弊社のVF(ヴァーチャル・フィギュア)を連動させる設定が可能です。」
「……そうですか。連動というと?」
「お母様とこれから過ごす時間と、そのための費用が自動的に計算されます。一度、シミュレーションをしてみてください。どの程度の時間を、今後、このVFとともに過ごすのか。」

 僕は、その意味するところを理解したが、
「出来映(できば)え次第です。しばらく使用してみないと、何とも。……」

 と言った。

「もちろんです。ただ、費用のこともありますので。」
「そうですね。」
「失礼ですが、石川様の余命は、まだ、かなりありますよね?」
「ええ、……平均寿命よりもかなり短いですが、一応は。――僕の所得水準並みに。」
「今後の生活次第でまた伸びますよ。」
「それは、よく言われる“まったく一般的でない一般論”でしょう? 急に裕福になるとか、……」

 野崎は、微笑で同意を避けた。それから、こちらを見たまま、右手の親指と中指で、何かを抓(つま)もうとしては躊躇(ためら)い、結局諦めたように軽く握って、それでもまだ迷っている風に、今度は唇を結んだ。
「何か?」

 母のライフログをすべて分析した彼女は、恐らく、僕の知らない多くのことを知っているのだった。彼女の些細(ささい)な仕草(しぐさ)は、そのうちの何かについて、言っておいた方がいいのでは、と自問している風だった。業務上は、言及すべきでないことも、恐らくは多少、逸脱して、私的なやりとりを交わす方が、顧客との信頼関係は、深くなるに違いない。

 作って終わり、というのではなく、今後も僕の担当として、相談に応じつつ、追加課金のサーヴィスを提供していくのであれば、いずれにせよ、共有すべき母の秘密もあるだろう。……

 しかし、彼女は結局、この日は節度を守ったのだった。余計なことを言って、僕の感情にあまり早急に踏み入りすぎるのではなく、一種の励ましを選んだらしかった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化され、11月1日に公開予定。

マチネの終わりにの公式サイト

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