水俣病救済 阻む線引き 未認定患者 不満なお 訴訟続ける

西日本新聞 社会面 村田 直隆

 未認定患者問題の最終解決を目指した水俣病被害者救済法の施行から、今年で10年。熊本、鹿児島両県で3万6千人余りが一時金などの支給を受けた一方、救済から漏れた1700人超が訴訟を続けている。地域や年代によって線引きされた人、受診した病院の違いで明暗が分かれた姉妹…。被害者の高齢化が進む中、「いつになれば救われるのか」と不安、焦りが募る。

 「チッソの煙突が見えるぐらい近くで魚ば取りよったのに。おかしか」。熊本県天草市倉岳町の漁業砂原宮雄さん(68)は、水俣沖でハモ漁をする両親の船に乗っていた幼少期の記憶をたどり、力なく話した。

 生まれ育った同町宮田地区は、眼下に海が広がり、昔から漁業が盛ん。「魚を食べんと、食べるものがなかった」。売り物にならない魚が毎日のように食卓に並んだという。

 体に異変を感じたのは30歳前後。手足のしびれや耳鳴り、頭痛が年を重ねるごとに増した。夜、痛みで何度も目を覚ます。突然筋肉がこわばる「こむら返り」にも襲われ、運転中にブレーキが遅れて事故を起こしそうになったこともある。

 2011年11月、救済法に基づき県に申請した。倉岳町は法の対象外の地域で「汚染魚を多食した客観的な証明」が必要。当時の取引業者を捜したが証明書類は入手できず、申請の1年後に「非該当」とされた。

 今年5月、救済から漏れた人たちが国と県、原因企業チッソに損害賠償を求めている集団訴訟で、救済対象外の地域に住みながら一時金支給が認められた約千人分の詳細な居住地の資料を、国と県が提出した。倉岳町では257人が支給対象になっていた。

 「対象地域の線引きは無意味なことが証明された」と砂原さん。13年から集団訴訟に参加、「いまさら50年前に汚染魚を食べよったことなんて証明できん」と司法による救済を訴える。

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 「2、3分の診察で何が分かるのか」。熊本県水俣市の山本サト子さん(70)は救済申請後に受けた診察に今でも納得がいかない。

 救済対象地域の鹿児島県長島町獅子島生まれ。網子として働いていた母が持ち帰るカタクチイワシを刺し身や塩辛、だしにして食べた。症状が現れたのは小学生のとき。頭痛に始まり、こむら返り、手足の感覚障害に悩まされてきた。

 27歳から勤めた水俣市の職場では、水俣病のことを口にするのはタブー。意を決し、同じ症状を抱える4人の姉妹に声を掛けて救済申請したのは、定年退職後の63歳のときだった。

 結果は意外だった。一時金の支給対象として認められたのは、鹿児島大病院で20分ほど感覚障害の有無を調べる痛覚検査を両手足や顔に受けた長姉だけ。鹿児島県出水市の病院で片手のみの検査を受けた山本さんら4人は、医療費が無料になる被害者手帳しか認められなかった。

 「症状は変わらんのに、診察を受ける病院で明暗が分かれるのは理屈が通らん」。手帳を返納し、集団訴訟に加わって6年。原告副団長を務める山本さんは「(救済法に明記された)不知火海沿岸全住民の健康調査をした上で、恒久的に被害者を救う制度をつくらないと、水俣病は終わらない」と語気を強めた。 (村田直隆)

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19日慰霊式 小泉環境相が出席

 水俣病犠牲者慰霊式は19日午後、熊本県水俣市の水俣湾埋め立て地「水俣病慰霊の碑」前で営まれる。

 公式確認から今年で63年。例年は5月1日に実施しているが、新天皇即位の日と重なったため、熊本地震が発生した2016年以来3年ぶりに日程が変更された。歴代の環境相と同様、今年9月に就任した小泉進次郎氏が出席する予定。

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