CTB中村、ジャパン快進撃の象徴 「俺はついてる!」恩師の教えで鋼の心

西日本スポーツ 社会面 大窪 正一

 倒されても踏まれてもへこたれない。5試合連続で先発出場した防御リーダーの一人、鹿児島実高出身の中村亮土(りょうと)選手は、世界屈指のパワフル軍団にひるまずタックルで突き刺さり続け、攻撃では効果的なパスで好機を演出した。「自分はいつもはい上がろうと必死でやってきた」。その「鋼のメンタル」で前に進んだ。原点は「ポジティブワード」を刷り込まれた恩師の教えにある。

 中村選手は中学までサッカーに打ち込み、ラグビーを始めたのは、鹿児島実高進学後だ。そこで当時コーチだったのが、現在の富田昌浩監督。長所を伸ばして選手の才能を磨く指導が中村選手にはまった。入学時、既に太もも回り60センチもあった頑健な脚から繰り出すキックの能力開花に、富田コーチから掛けられた褒め言葉が「栄養」になった。

 ゴールポストから大きく外れたキックにも「飛距離がすごい、日本代表になれるぞ!」。キックだけでなくパスでも「今のパスはタイミングや球の軌道が素晴らしい!」。その日の練習で何か一つは褒められた。ラグビー歴が浅く、素直な中村選手には何よりの励みになった。

 富田監督から「どんな時でも『(俺は)ついてる!』の言葉を口にしろ」と口酸っぱく言われた。誰かに助言を受けたら「(こんな機会をもらって)ついてる!」。タックルを失敗しても「(課題ができて)ついてる!」。大学や社会人になってからもそれを求められた。「(中村)亮土、1万回以上ついてる!って言ってますよ」と富田監督は笑う。

 苦境でも何かいい点を見つけて自らの力で気持ちを前に向かせた。鍛錬した「鋼の心」があったからこそ今がある。「入学時は学年で一番下手だった」(中村選手)という帝京大で4年時に主将となり、大学選手権5連覇に導いた。前回のW杯で代表入りを逃し、今回の代表争いでも当初の選外から一歩一歩信頼を勝ち取った。富田監督が「ラグビー界の西郷隆盛」という努力家が日本のラグビー界に維新を起こし、晴れ舞台で輝きを放った。 (大窪正一)

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