【2020米大統領選】「核なき米国」遠い現実 核関連研究拠点 ニューメキシコ州 ルポ 高まる強化容認論 広がる風化、無関心

西日本新聞 国際面 田中 伸幸

 ●世界情勢悪化 「いつか使われる日が…」

 米国とロシアよる軍拡競争や、北朝鮮の核開発など「核」を巡る国際社会の懸念が増大している。しかし、危機回避へ主導的な役割が問われる米国で、核問題を正面から論じようという機運は高まらず、「核なき世界」の実現どころか「生きている間に再び核兵器が使われる日が来るかも」といった諦めにも似た感情すら巣くっている。日本への原爆投下直前に史上初の核実験が行われ、今も核関連の研究が進められる西部ニューメキシコ州を訪ね、米国民が核をどう見つめているのか、その一端を探った。

 5日朝、州最大の都市アルバカーキからバスで2時間ほど南下すると、見晴るかす砂漠を貫く一本道に数十台の車が列をなしていた。1945年7月、長崎に投下されたのと同じプルトニウム型原爆の実験があった「トリニティ・サイト」の、半年に一度の一般公開に集まった人たちだった。

 バスツアーを企画したアルバカーキの国立原子力博物館によると、世界を「核の時代」に導いた歴史の地には毎回7千人前後が訪れるという。「注意 放射性物質」と書かれた看板が掛かる米軍ミサイル実験場内のサイトには、快晴のこの日も全米各地から見学客であふれ、爆心地を示す碑や原爆の模型に見入っていた。

 同じ頃、ミサイル実験場に通じる道沿いでは、周辺地域の出身者ら約20人が通りかかる車に向かって、核実験の結果、水や農作物が放射性物質で汚染され、がんなどの健康被害が多発したと訴えかけていた。

 被害の実態解明や政府からの謝罪、補償を求める住民団体を2005年に設立し、自らも甲状腺がんを患ったティナ・コルドバさん(59)は「私たちの窮状への理解は徐々に広がりつつある」と話す。だが、同時に訴える核廃絶については手応えをつかめない。「米国人は核の恐ろしさを深刻に考えていない」

   ★    ★

 実際、サイトでは観光地のように楽しげに記念写真を撮る見学者が少なからずいた。「核兵器をたった1年で開発したのは偉業だ」。州内の男性(85)が語ったように、核開発を「米国の誇り」と賛美する声は、特に高齢者から聞かれた。

 一般公開の前日、博物館が企画した関連イベントに合わせて博物館前でも抗議活動したコルドバさんは、やはり高齢の男性から罵声を浴びせられた。「ジャップ(日本人の蔑称)は原爆投下されて当然だったんだ」。核兵器の危険性を訴えても「反米の非愛国的な活動としか受け止めない人がいる」とため息をついた。

 ニューメキシコでは、第2次大戦中の原爆開発に関する「マンハッタン計画」の主要舞台となったロスアラモスなどで今も核関連の研究が続き、多くの雇用を生んでいる。新たな核廃棄物処分場建設計画も浮上するなど、核問題とは切っても切れない土地柄だ。

 ただ、核兵器に寛容とも受け取れる人々の意識は、核の存在が身近なこの地に特有なわけではない。

 「日本への原爆は人道的に許されるべきではなかった。でも戦争を止めるには何かが必要だった」。サイトの見学中、涙を浮かべていた中西部ミズーリ州のカリーさん(68)のように、原爆投下を正当化する考えは依然、米国世論の多数を占めるとみられる。

 さらに核開発を進めるロシア、中国、北朝鮮や、核の入手をもくろみかねないテロ組織の存在など、不安定要素が尽きない世界情勢を踏まえ、核戦力の保持や強化を容認せざるを得ないとの風潮も強まっている。

 匿名を条件に語った南部サウスカロライナ州の男性(39)は「近い将来、世界の誰かが核兵器を使う日が来ると思えてならない。そんな状態が続く限り米国は核を持って抑止しなければならないし、それは仕方のないことだ」と、自身に言い聞かせるように語った。

   ★    ★

 来年はサイトでの実験と原爆投下から75年の節目の年だ。米国とソ連が核戦争寸前にまで至ったキューバ危機からも、やがて60年を迎える。そうした中、日本と同様、核がもたらす恐怖に対する米国民の記憶の風化が、核軍縮や廃絶を問う上で重くのしかかる。

 「それに加えて、核の悲惨さを知らない若者たちが明らかに増えている」。反核、非核の立場は取らないものの、小型の核兵器であっても使用をタブー視する博物館の職員や、サイトの一般公開で説明役を務めたボランティアたちは、若い世代を中心とした米世論の無関心を口々に嘆いた。

 その一方で「力による平和」を掲げるトランプ大統領は9月、ニューメキシコでの演説で「ロスアラモス(などの核研究施設)に投資する」と豪語してみせた。他の核大国の軍拡を理由に、核戦力強化をひたすら重視する強硬姿勢からは、核軍縮や不拡散に自発的に取り組もうとの気概は全くうかがえない。

 「『核なき世界』が生きている間に来ると思うか」-。サイト見学を終えたバスツアーの参加者数人に尋ねると「核兵器は二度と使われてはならない」との感想に続く回答は、いずれも「無理」だった。

 抗議活動中、多くの人が車を止めて健康被害に同情してくれたというコルドバさんの答えも同じだった。

 「米国は重要な問題からますます目を背け、正しい方向に変えられなくなってきている。悲しいし恥ずべき事だが、それが現実だ」

 ●大統領選での争点化、期待できず

 トランプ政権はロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約を破棄し、2021年に期限を迎える新戦略兵器削減条約(新START)の延長も不安視されるなど、核を巡る世界の緊張を高めていると批判される。だが、来年11月の米大統領選で核問題が選挙の争点になるとの見方は、従来と同様、ほぼ皆無だ。

 政権奪還を目指す野党民主党の大統領候補には「核軍拡競争に終止符を打つ」と訴える米軍出身の女性、ギャバード下院議員がいるが、関心は高まらない。

 核兵器を必要とする政府・米軍と、兵器を生産する軍需産業が結び付く構図が不変の現状で「与野党を問わず核を問題視しようとしない」(ニューメキシコ州の反核団体事務局長、グレッグ・メロ氏)実情があるなど、背景はさまざま。「核なき世界」を提唱し、ノーベル平和賞を受賞したオバマ前大統領が結局、目立った成果を挙げられず失望を買った実態もある。

 一方、若者を中心に地球温暖化対策の強化を求める声が強まっている現状を受け、原発の是非に注目が集まり、その結果、核兵器を巡る議論にも波及し得るとの見方が一部にある。

 メロ氏は、核に対する無関心の高まりの半面、安全性の観点から核に強い拒絶感を示す若者が増えていると指摘。「地球を傷つける危険な核に割り当てている巨額な予算を、公的医療保険制度の充実や教育費補助など、生活に身近で深刻な社会問題に振り向けるべきだという声につながってほしい」と期待を寄せる。

 実際、民主党の有力候補で、社会保障の充実を訴え若者に広く支持されるサンダース上院議員は、反原発の代表格として知られる。

 ただ、サンダース氏支持の女性(38)は「温室効果ガスの削減に熱心な若者は確かに多いが、原発や核兵器の問題は時代遅れだと思うのか、関心事ではない」と冷ややか。別の男性(39)は「米国本土で核兵器や原発絡みのひどい事故でもない限り、選挙の争点にはならない」と言い切った。

 (ニューメキシコ州・田中伸幸)

PR

国際 アクセスランキング

PR

注目のテーマ