広大な羅城 空から実感 大宰府政庁をぐるり防御 筑紫野市の市民団体 27日に空撮映像公開

西日本新聞 ふくおか都市圏版 上野 洋光

 いまだ謎多き古都・大宰府。その一端に迫るため、筑紫野市の市民団体「身近な歴史お話会」(井上初恵代表)が、大宰府政庁を取り囲む外郭(城壁)「羅城(らじょう)」の可能性がある土塁を上空から見てみようと企画した。記者もヘリコプターに同乗。高度約800メートル、筑紫平野を見下ろす空の旅で実感したのは、全長51キロに及ぶとされる羅城の壮大なスケールだった。

 ヘリに乗った日は幸いにして秋晴れ。福岡空港を離陸し、高度を上げながら宇美町に向かった。右手に大野城跡のある四王寺山、左手に宝満山の竈門神社が確認できた。さらに進むと左手には阿志岐山城があった宮地岳が見えた。

 残念ながら多くの山城や土塁は植林や宅地開発などで確認できないが、筑紫野市で3年前に発見された前畑遺跡は現在、ブルーシートが掛けられるなどしており、上空からでもその場所がはっきりと分かった。

 同遺跡は7世紀後半に築かれた水城や大野城と同じ「版築」という工法で作られた土塁。東側を蛇行する宝満川に沿うように作られたとみられ、未解明だった羅城の「空白地」を埋める大きな手掛かりとなった。

 羅城は、古代の東アジアで外敵から防御するために都市の周囲に巡らせた城壁を指す。韓国では古代・百済の都を守るために河川も利用し、谷や丘陵に土塁を築いた約8キロの羅城が世界文化遺産の一つに選ばれている。

 日本書紀には唐・新羅の連合軍の侵攻から大和朝廷の出先機関だった大宰府政庁を守るために、664年に水城を、翌年には大野城と基肄(きい)城を築造したとの記録が残る。周辺の脊振山系や宝満山系、宝満川の自然の地形も生かした点は百済の羅城と似ている。

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 前畑遺跡からさらに南下し、土塁が続いたとされる小郡市の勝負坂公園や近くのゴルフ場の上空を通過し、佐賀県基山町に入った。JR基山駅の近くには関屋土塁、とうれぎ土塁の二つの跡地があった。北へ旋回し、一部の土塁や石塁が残る基肄城跡の上空も通過。政庁跡に向け北に旋回すると、博多湾が見渡せた。大宰府政庁の北側には東西に延びた水城が緑のラインとして、くっきりと見えた。

 飛行時間は約50分間。東アジア最大級とされる羅城をぐるっと回ってみて、その大きさに驚いた。当時の東アジア情勢をにらんだ政権の危機感の強さと同時に、工事車両もない時代にどれだけ多くの人々の労働力が費やされたのだろうか、とも考えさせられた。

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 身近な歴史お話会は27日午後1時から筑紫野市上古賀の福岡共同公文書館で、この空撮映像を公開。同行した福岡女学院大生涯学習センター講師の清原倫子さんが講演する。参加無料。井上代表は「古代へのロマンも感じさせてくれた旅の映像を一緒に見ませんか」と呼び掛けている。

 (上野洋光)

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