二つの原爆資料館、迫真性高め刷新 広島、長崎補完し合う関係

西日本新聞 長崎・佐世保版 徳増 瑛子

 戦後75年の節目を控え、二つの被爆地の原爆資料館が相次ぎリニューアルした。2016年3月に長崎、今年4月には広島で。原爆の惨状を伝える「迫真性」を重視する点は共通しているが、受ける印象はまったく異なる。二つの資料館を訪ねた。

 広島市の平和記念公園にある「広島平和記念資料館」は10年8月から25回の展示検討会議を重ねた。そこで導かれたコンセプトは「ありのまま」だった。

 入館者はまず、当時の街並みを再現した立体模型に、原爆投下時のきのこ雲の映像を投影した「ホワイトパノラマ」を見る。一瞬で多くの営みが吹き飛ばされる光景に息をのむ。

 続いて、当時のレンガ塀や鉄骨を移設して破壊された街の惨状を再現したスペース、写真や絵画、遺品の展示コーナーに進み、戦後の復興や核兵器を巡る世界情勢を学ぶ流れになっている。

 心を揺さぶられたのは、被爆者の遺影と遺品が並ぶ「魂の叫び」。スポットライトに浮かぶ子どものパンツ、中学生の定期入れ、女性のワンピース…。亡くなった人の名前や場所など遺品にまつわる情報が記され、遺族の思いも添えられている。ある母は、13歳9カ月で被爆し家族にみとられた息子への思いを記した。

 -由ちゃん、どうしてお母さんより先に死んだの…原爆さえ落されなかったら、死ぬことはなかったのにね-

 資料館は被爆者の高齢化で直接証言を聞くことができなくなる時代を見据え、身に着けていた衣服など被爆した「実物」にこだわった。被爆者一人一人の顔を浮かび上がらせ、入館者の「心」に訴える内容だ。滝川卓男館長は「原爆の被害、置かれた環境は人それぞれに違う。実物を見て、命の尊さを感じてもらいたい」と話す。

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 長崎市の平和公園にある長崎原爆資料館は被爆70周年事業で再整備した。

 入館者の目に飛び込むのは、「長崎を最後の被爆地に」というメッセージボード。大久保一哉館長は、2度目の被爆地である長崎の市民にとっては「絶対に同じ過ちを繰り返してはならないという思いが強い」と説明した。

 原爆によって崩され、一部の壁だけが残った浦上天主堂のレプリカや、投下直後の様子を収めた写真をスクリーンで映すスペースを通り抜けると、広島にもあった街の立体模型に原爆の被害映像を投影させるコーナーがある。

 長崎の展示の特徴の一つが、投下された原子爆弾「ファットマン」の実物サイズの模型(長さ3・25メートル、直径1・52メートル)。内部に仕込まれた爆薬によって中心部の中性子が作動、連続的に核分裂反応を引き起こした結果、膨大なエネルギーの爆風、熱線、放射線を放出させた。その爆発力は積載量4トンのトラック約5200台分のダイナマイトが、いっぺんに頭上で爆発した威力に相当する、という。「科学」を重視した展示内容だ。

 「放射線による人体の被害」を説明するコーナーでは、原爆投下から数十年後に白内障や白血病など放射線に起因する病気を発症、いまだに苦しんでいる被爆者がいることを、年表を使って分かりやすく示している。

 遺品の説明も長崎では客観的な表現が多い。ご飯が入っていた女子学生の弁当箱の中が熱で黒くなっている展示の説明では、「米飯はその後の火災で炭化している」と、淡々と事実のみを表記している。見る者に対し、そこで何が起きたのかを考えさせるようになっている。

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 広島と長崎。二つの被爆地の資料館が伝えようとする姿勢や内容の違いは、それぞれが歩んだ歴史を象徴しているのかもしれない。私はそこに優劣ではなく、補完し合う関係性を感じる。もっと学び、また訪れたい。(徳増瑛子)

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