トンネル工場跡公開 戦争末期、空襲避け魚雷生産 国連軍縮週間に合わせ

西日本新聞 長崎・佐世保版 徳増 瑛子

 太平洋戦争末期、軍需工場への空襲を避けるための「疎開工場」として建設され、魚雷を生産した三菱兵器住吉トンネル工場跡(長崎市住吉町)の一般公開が24日、国連軍縮週間に合わせて始まった。30日まで。

 戦況の悪化に伴って空襲に備え、1944年8月ごろから三菱兵器製作所・大橋工場の一部が住吉町の山中へ移設された。市によると、掘削作業は朝鮮半島出身者ら約800~千人が担ったという。トンネル1本の規模は高さ約3メートル、幅約4・5メートル、長さ約300メートル。6本掘削する計画だったが、2本しか稼働しない段階で原爆の被害に遭った。

 掘削と並行してトンネル内では魚雷の生産が行われ、県内外から動員された10~20代の約1800人が24時間交代で当たった。爆心地から約2・3キロと近く、投下時、トンネル外にいた人はほとんどが亡くなり、中にいて大きな被害を免れた人たちが負傷者を手当てしたという。

 年2回の公開は整備された2号トンネルで2010年から実施。現場を訪れた長崎市女の都4丁目の横田澄子さん(70)は「いかに過酷な労働を強いられていたか、想像できた」と話した。(徳増瑛子)

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