聞き書き「一歩も退かんど」(5) 3枚の紙に肉親の名 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 取り調べ3日目。この日も午前4時に起きた私は、ホテルの宿泊客の朝食を作りながら、漠然と考えていました。「自分を陥れようとしている人物は一体だれだろう」。志布志という町は、伸びる人がいたら必ずその足を引っ張る人がいます。思いを巡らせているうち、午前8時にまたお迎えが来ました。

 志布志署の取調室で、H警部補は「焼酎を認めろ」の繰り返しです。そして「山中鶴雄と書け」と紙を差し出してきます。私はそれをつっ返して椅子から立ち上がり宣言しました。

 「書きません。話しません。弁護士の先生をお願いしまーす」

 近くの刑事部屋にいる顔見知りの署員に聞こえるよう、できる限りの大声を張り上げました。ですが取調室のドアは頑丈で、外には聞こえなかったようです。

 この日、私は徹底的に黙秘を通しました。質問に首を振ることすらしませんでした。H警部補は「きょうはだんまり作戦か」と皮肉など言いますが、面食らっている様子です。

 ただ、昨日からずっとお尻が痛いのには参りました。痔(じ)なんかじゃありませんよ。3日間も硬く粗末なパイプ椅子に座らされ、立つことすら禁じられたら、皆そうなります。私は「トイレに行きたい」と申し出ては、便座に座って一息つきました。付き添ってきた刑事がドアをドンドンたたきます。「そんなたたかれたら、出るもんも出んが」と言い返しました。

 そうやって時間を費やすうち午後になり、H警部補が不可解な行動に出ます。まずは、椅子に座った私の前にしゃがみ込みました。そして、「川畑、おまえの股ぐらに頭を入れろと言うなら入れるよ」と言うのです。困惑していると、本当に私の股ぐらに頭を突っ込んできました。

 次にH警部補はA4判の紙3枚にマジックで、こんな文章を書き始めました。

 「栄三 お父さんはそういう息子に育てた覚えはない」

 「文雄 元警察官の娘をそういう婿にやった覚えはない」

 「沖縄の孫 早くやさしいじいちゃんになってね」

 栄三とは私の父です。加世田文雄は妻の父で、戦前に警察官でした。沖縄の孫とは、長女小由美(さゆみ)の子ども3人のことでしょう。この3枚の紙をH警部補は私の前の床に右から順に並べました。「これをよーく見て反省しろ」と言い捨て、取調室を出ていきました。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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