「ハーフ」問う若き世代 小出 浩樹

西日本新聞 オピニオン面 小出 浩樹

 秋は深まりゆくというのに、夏の終わりに切り抜いた他紙の読者投稿が頭から離れない。千葉県の高専生(18)による一文だ(毎日新聞)。

 見出しは<「ハーフ呼称が問題」とは驚き>とある。

 <私は母が韓国人、父が日本人です。小さな頃から周りの人に「ハーフ」と言われていました。私も自己紹介などで使ってきました>

 ところが、この呼び方には問題があるという意見を知り、驚いたと記している。ハーフを理由にからかわれたこともないからだ、という。

 そして続ける。

 <どんな呼び方であっても悪意を持つ人と接すれば、嫌な思いをするでしょう>

 何が差別語に当たるのか。その問いに的確に答える一文だと思う。

 本紙には「人権報道の基本」というルールブックがある。その言葉が差別表現になるかどうかは文脈によることを前提に、二つの基準を設けている。(1)侮蔑の意思があるか(2)当事者を不快にさせていないか-である。

 この基準に照らすことを許してもらえば、高専生は「ハーフ」と呼ばれ侮辱された経験も、不快に思った記憶もないということになろうか。

 もちろん「ハーフ」と呼ばれることに、耐え難いほどの嫌悪感を覚える人もいる。その気持ちは尊重されるべきことは論をまたない。

 言葉は生きものだ。育った環境や時代により一人一人の受け止め方は違うだろう。大事なことは、それが差別につながるか否かを率直に語り合い、考えることだと思う。

 かつてメディアは独自に作った禁句集に寄りかかり、「差別語さえ使わなければ人権問題に取り組んでいることになるのか」と揶揄(やゆ)された。

 日本民間放送連盟(民放連)の内規である「放送禁止歌リスト」はその象徴とされる。「差別につながるらしい」など漠然とした理由から大ヒットした「竹田の子守唄」など約70曲が電波から消え、その後、過剰反応との批判を受けて復活した。「何が問題なのか誰も確かめなかった」と関係者は証言する。

 少し角度は違うが今度は北九州市の高校生(17)の投稿が載った(読売新聞)。日韓関係の悪化を憂える一文だ。

 <私は、父が日本人、母が韓国人です…日韓のハーフに生まれたことをとても誇りに思います><私の力だけで友好関係が良くなるわけではないけれど、両国の魅力を発信できる懸け橋のような人になりたいです>

 若い世代に胸を砕くような思いをさせたくはない。

 (論説委員)

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