「累骨の谷」を読み解く ビルマ戦記を追う<3>

西日本新聞 文化面

 ビルマといえば?

 この質問に対して多くの人は「ビルマの竪琴」と答えるだろう。私も同じである。考証ミスが多々指摘されているとはいえ、文学史に輝く名作であることに変わりはない。資料も限られ、かつ日本軍を吊(つ)るし上げる風潮のあった時期に、よくあのような小説が書けたものだと神々しく見えるほどである。

 その「ビルマの竪琴」で主人公たちはタイへの転進中に終戦を迎えている。これは「ドーナ山系越え」をモデルにした設定と思われる。もちろん私の推測でしかないが、条件からすれば他には考えられない。

 そこで紹介したいのが橋本武彦氏の著した「累骨の谷」である。副題に「ビルマ兵站(たん)病院壊滅記」とつけられた本書は、ビルマ勤務の末にドーナ山系越えへと追い込まれた病院勤務者の艱難(かんなん)辛苦が書かれている。

 国境の山系を徒歩で越えるのだから並大抵のことではない。サルウィン河のほとりのケマピュからタイのチェンマイへ至る遙(はる)かな行程である。本書には次のような記述がある。

 ――丁度(ちょうど)伊豆半島の突端から日本アルプスを越え日本海に至る距離に等しく(後略)

 その間の宿と食と水は、ほぼ自力で確保せねばならない。結果として少なからずの人が命を落とすことになった。「累骨の谷」というタイトルはドーナ山系内で橋本氏が見た光景から来ている。意味を説明する必要はあるまい。「ビルマの竪琴」でビルマ戦に関心を抱いた方には入り口として適した戦記だろう。

 個人的にひとつ印象深い逸話がある。

 ドーナ山系で落命した兵隊の中に久留米の出身者がいた。父親を早くに亡くし、母ひとり子ひとりの家庭の出であった。その最期を伝えるため橋本氏は復員後に久留米を訪ねている。ところが母親はすでに梅林寺で尼になっていたという。身寄りを失った女性の悲哀である。久留米市民が毎年観梅に足を運ぶ梅林寺にはそうした歴史もあるのだった。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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