聞き書き「一歩も退かんど」(6) 身構えたら「踏み字」 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 取調室で目の前の床に置かれたA4判の3枚の紙を見下ろしながら、私はあきれ果てていました。人の肉親をかたってこんなうその言葉を書いてまで、私に「焼酎を配りました」とうその証言をさせたいのなら、警察という組織は何のためにあるのでしょうか。もう一度、H警部補が書いた文面を紹介しておきます。

 「栄三 お父さんはそういう息子に育てた覚えはない」

 「文雄 元警察官の娘をそういう婿にやった覚えはない」

 「沖縄の孫 早くやさしいじいちゃんになってね」

 そうして1時間ほど過ぎた時。H警部補が取調室に戻ってくるなり、私の前にしゃがみこみました。がちっと両手で私の左右の足首をつかんで、持ち上げます。私はその瞬間、「後ろにひっくり返される」と思い、とっさに座っているパイプ椅子の座面を両手でつかんで身構えました。

 すると、H警部補は「こんわろ(鹿児島弁でこの野郎の意味)は、血も涙もないやつだ。親や孫を踏みつけるやつだ」と言いながら、私の両足を両手で持ち上げ、足元に置いていた紙を無理やり踏ませたのです。私から向かって右側から順番に、右、真ん中、左-という具合です。踏ませた回数は10回以上でした。

 私は怒りより先に、とにかくびっくりしました。「おいおい、警察がここまでやるのか。うそだろう」というのが率直な感想です。常軌を逸した取り調べに私の感覚もまひしていたのかもしれません。その後は一言もしゃべらず、午後9時半に自宅に帰されました。

 「きょうは変な紙を踏まされてよ」。恒例となった焼酎のロックで心を静めながら、妻の順子に一部始終を話し始めると、順子がいきなり怒りだしました。

 「それはキリシタンの踏み絵じゃよ。何百年も前の話。今の時代に江戸時代の拷問とおんなじこつをさせるなんて、絶対に許さるっこつじゃなか」

 順子の言葉で雷に打たれたように、私の胸も怒りでいっぱいになりました。大切な親や孫を、こんな卑劣なやり方で侮辱するとは…。「ほんなこつ。許さるっこつじゃなか」

 すると順子から「あなた、その文句、忘れんうちに書いとこ」と促されました。私は穴の開くほど見せられた文句を、同じ大きさのA4判の紙にマジックで記録し、こう決心しました。

 「権力の横暴と、とことん闘う。一歩も退(ひ)かんど」 (聞き手 鶴丸哲雄)

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